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第708話

食堂で約束し、俺はトイレに行くと伝えてみんなから離れた。 あんまり薬飲んでるなんて知られたくないし…。 朝、昼、夕の1日3回、一錠ずつ薬を飲んでいる。 「ふぅ……」 薬を飲んで、大きく深呼吸。 好きな奴と久々に飯食うんだもん。 緊張くらいする。 「ごめん。遅くなった。」 「先輩、ここ座ってください!」 「うん。」 城崎が嬉しそうに自分の隣の席を示す。 涼真は心配そうな顔をしていたけど、俺は大丈夫だと頷いて、城崎の隣に座った。 城崎はまた花が咲いたように笑うから、周りの女性社員がざわつく。 「城崎、笑顔禁止。」 「え?」 「周りがびっくりしてるから。あんまり見られると、居心地悪い。」 「あっ…、ごめんなさい……。先輩とご飯食べられるのが嬉しくて……。」 さっきまでブンブン振ってた尻尾がしゅん…と萎れる。 なんか悪いことしたな……。 「ごめん。笑顔が駄目なわけじゃないんだけど…」 「わかってます。笑顔はできるだけ我慢します。先輩と二人きりの時だけはいいですよね?」 「それは…いいけど……」 いいけど、俺の心臓が持つかどうかはわからない。 とは恥ずかしいので言わなかった。 「じゃあ食おうぜ〜!何から食う?」 「先輩のために作ったんだから、先輩が決めるんです。」 「へーへー。綾人、どれ開けていい?」 「えっと、じゃあこれとこれと…」 ハンバーグに海老フライ、ポテトサラダとポタージュスープ。 食堂にある電子レンジでチンして、お皿を4枚借りて盛り付けた。 「美味そ…。マジですげぇな、城崎…。」 「城崎さん、俺の弁当作ってくださいよ!」 「嫌。」 俺は結構見慣れてしまったけど、たしかに凄いよな。 イケメンで仕事もできて運動神経まで良くて、おまけに料理上手で優しくて恋人思い。 非の打ち所が一つもなくて、本当なんで俺なんかと付き合ってるんだろう。 「先輩、あーん♡」 「はぁっ?!会社だぞ?!」 ぼーっと城崎を見つめてたら、いつの間にか目の前にハンバーグ。 城崎に小声で注意する。 「だって、ぼーっとしてるから。早く食べて?」 「いただきます。」 「………どうですか?」 「美味いよ。」 やっぱり美味しい。 付き合った当初よりも、どんどん俺の好みの味になっていく。 いつも聞いてくれるもんな。 「今日はどうだった?甘い?しょっぱい?」とか。 微調整してくれてるんだろうな。 腹いっぱい食べて、部署に戻る。 「美味かったー!ご馳走様!」 「また作ってよ、城崎。」 「嫌ですよ。先輩にだけ特別なんで。」 絶賛する二人の声は無視して、城崎は俺に食後の珈琲を注いでデスクに戻った。

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