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第719話
電車を降りて改札を出る。
ドクン…
恐怖と不安が俺を襲い、胸を押さえる。
足が竦んで動けない。
「先輩…?」
城崎は心配そうに俺の顔を覗く。
大丈夫…。
今日は城崎も一緒なんだから…。
「ごめん。大丈夫…。」
「抱っこしていきましょうか?」
「は…、はぁっ?!」
城崎の提案に、俺は思わず顔を上げる。
城崎は俺を見て笑っていた。
「冗談ですよ。」
「騙したのか?」
「だって先輩、下ばっかり見てるから。」
城崎だったら本気でやりかねないし。
でも、俺が前を向けるように、城崎なりの気遣いだったのかもしれない。
深呼吸して前を向くと、城崎に手を引かれる。
「ほら、帰りましょう?」
"帰る"
行きましょうとか、そんな言葉じゃなくて、城崎は"帰ろう"と言ってくれた。
それはあの家が俺の居場所であると教えてくれているようで、どうしようもなく嬉しくなる。
城崎と何度も歩いた道。
もしかしたら、二度と通ることもなくなるかもしれないと思った道。
一度はもう怖くて歩けないと思った道。
城崎といると、自然に歩けている。
「先輩、出張はどうでした?」
「えっ…、あー、うまくいったよ…?」
「そっかぁ。そりゃ、先輩だもんね。」
俺が緊張しないようにとりあえず話してくれているだけなのか、会話に具体性はない。
でも城崎の声を聞いてるだけで、多少なりとも緊張は和らいだ。
マンションが見えてきて、前に幻覚や幻聴に襲われた場所に着く。
繋いだ手に無意識に力が入る。
「大丈夫だよ、先輩。」
「………うん。」
自分の中で一番不安に思っていた場所も過ぎ、マンションの前にたどり着く。
エレベーターで上がり、端にある俺たちの家の前に立った。
「先輩の鍵で開けてくれませんか?」
「え…?」
「持ってる?」
「うん…。」
持ってるに決まってる。
俺は鞄からキーケースを出して、家の鍵を挿した。
カチャン…と鍵が開く。
ドアノブを持つと、城崎は俺の手に手を重ね、一緒にドアを開けた。
「おかえり、先輩。」
「……っ、ただいま…。」
ドアが閉まったと同時に、城崎は俺を力強く抱きしめた。
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