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第764話

「マジでキツかった…。」 「まぁまぁ。」 昼休み、城崎はグッタリと机に突っ伏していた。 朝のハグ事件の後、いろんな部署から野次馬が来て大変だった。 城崎が結婚しただの別れただの、根も葉もない噂話が広まっていた。 涼真の『おめでとう』が、人によっては付き合いの進展を、また人によっては別れたことを嫌味として言ったと曲解(きょっかい)したのが原因らしい。 どちらでもないんだけどな…。 それで城崎は朝から女性陣に取り囲まれていた。 「別れてません。」の一点張りだったけど。 「別れんなよ?」 「こっちのセリフです。俺は絶対別れる気ないんで。」 「本当?」 「どれだけ好きだと思ってるんですか…。自己肯定感低すぎてビビるんですけど。」 「好きだから不安なんだよ。」 「だからその分愛を伝えてるでしょうが。」 「そうだけど…。」 無人の会議室。 周りに人がいないのをいいことに、職場で露骨にカップルトークをする。 城崎は俺の小指をすりすりと撫でた。 「あ〜……。このままここでキスしてやりたい。」 「なっ…?!」 「嘘ですよ。もー可愛いなぁ。」 「揶揄うな!」 「早く口にさせてくださいよ。」 城崎は目を瞑って、う〜っと口を突き出してきた。 露骨なキス待ち顔もイケメンとか…、なんなんだこいつ。 ムカついて指を二本合わせて、城崎の唇に押し当てる。 「!!……って、なんだ。指か。」 「俺の唇かどうかも分からないのかよ?」 「わーかーりーまーすー。しっとりしてなかったからおかしいなって思いましたけど、普通あのタイミングで触れたら唇かと思うでしょ。」 「残念でした〜。」 あははっと笑うと、城崎はガシッと俺の手首を掴んだ。 力強いな…? 恐る恐る城崎の顔を見ると、顔は笑っているけど、目が笑っていなかった。 「先輩…。帰ったら覚悟しててくださいね?」 「……あ、あの…。」 「覚悟、しててくださいね?」 「………はい。」 俺は帰ってどうなってしまうのだろうか。 城崎に脅されるなんて久しぶりで、こういう時の城崎って結構ヤバくなかったっけとか、でも今の俺には優しいしとか、いろんなことが頭を巡った。 「あ、そうだ、城崎。」 「なんですか。」 「帰り、遅くなる。」 「なんで?」 なんでって……。 ある人に会いに行こうと思ってるから…。 「何でも。もう駅から家までの道も平気だし、大丈夫。」 「先輩が大丈夫でも俺が心配。どこに行くのか教えて?」 「本当に大丈夫だから!」 「先輩の大丈夫が大丈夫だった試しなんてあります?」 「あ、あるよ…!もう!とにかく大丈夫だから!19時には帰るから!絶対!」 「約束ですよ?」 「うん。約束。」 城崎と指切りして、なんとか帰りは別々に帰ることを了承してくれた。

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