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第771話

歩いて、ただひたすらに歩いて、やっと家が見えてくる。 すぐそこに家はあるのに、帰らなくちゃいけないのに…。 また呼吸が乱れてくる。 「はぁ…っ、はっ……」 その場でしゃがみ込んで、頑張って深呼吸しようと息をするけど難しくて。 苦しくて涙が溢れてくる。 「え……?先輩っ?!」 「し……さきっ…」 「どうしたの?何かあった?」 帰り道だったのか、スーツ姿の城崎が俺に駆け寄ってきた。 鞄を道端に放り投げて、両手で俺を抱きしめる。 背中を一定のリズムで叩かれて、「大丈夫だよ。」って城崎の低くて優しい声を聞いていたら、次第に呼吸は落ち着いた。 「周りの人も心配してるから…。」 「……ごめん。」 道の真ん中で大泣きしていたからか、それとも男同士で抱き合っていたからか、通りがかった人がチラチラこちらを見ていた。 涙を拭いて立ち上がると、城崎は俺の手を握った。 「一緒に帰ろ?」 「うん……。」 足はすごく重く感じたけど、城崎に手を引かれて強制的に体が家に向かって進む。 ダメだ…。 やっぱり俺は、まだ受け入れられないのかもしれない。 頭が痛い。気持ち悪い。 何度も那瑠くんの言葉が頭の中で反響する。 『お兄さんとナツが同棲してる家で、僕とナツ、セックスしたんだよ?』 嘘だ。 城崎は絶対そんなこと……。 しない…よね……? 城崎が家の鍵を開いた瞬間、俺は城崎の手を振り切って自分の部屋へ逃げ込んだ。 鍵を閉めて、薬ケースを探す。 「先輩っ?先輩、どうしたの?!開けて!!」 ドンドンとドアを叩く城崎を無視して、俺は残っている抗不安薬9錠と眠剤3錠を一気に口の中に入れて飲み込んだ。 それとほぼ同時に、無理矢理ドアがこじ開けられる。 「先輩っ?!」 城崎は俺の足元に散らばる薬の包装シートを見て、血相を変えた。 俺を座らせ、いきなり指を喉奥に突っ込まれる。 「おえっ…!ゲホッ…、おっ……」 「全部吐いて!!」 「うっ…、おえぇ…」 ビシャビシャッ…。 強制的に嘔吐させられた吐物の中には、さっき飲み込んだはずの薬が溶け切らないまま混ざっていた。 「1、2、3、………」 城崎は溶けかけの粒の数と、空になった包装シートの数を照らし合わせる。 「…城崎、汚いから…」 「うるさい。黙ってて。」 汚いのに、吐物の中から必死に薬を探して数えていた。 「………12。全部あるよね?……はぁ。」 「ゲホッ…、うっ……」 「バカ!!!」 パシンッと大きな音と共に、頬に痛みが走った。 突然のことで頭が真っ白になったが、どうやら俺は城崎に引っ叩かれたらしい。 「死ぬ気ですか?!バカ!先輩のあんぽんたん!!」 「…城崎……」 「先輩、やだよ……。お願い…、死なないで。何が不安なの?全部話してよ……。」 叩かれたのが嘘みたいに、俺を抱く城崎の腕は、大切なものを守るように優しく力強かった。

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