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第784話

「………輩っ…、せ………ぃ……」 なんだ……? 声が聞こえる…。 「………けて……。お………ぃ……。」 この声は……、城崎……? 迎えにきてくれたのか…? それとも都合のいい妄想? 抱きしめられているような気がして、体に力を入れる。 思うように動かない。 でも、見たいな…。 城崎がもし来てくれたなら、城崎の顔を見たい。 重い瞼を開くと、うっすら見えた視界にぼんやりと人影が映る。 「………しろ…さ…き…?」 「先輩っ!!先輩、よかった…。」 痛ぇ…。 でもこの力の強さ、城崎だ…。 ホッとして体の力を抜こうとした瞬間、ツン…と鼻を刺す匂いに思い出す。 汗と雨となんか色々混じって、嗅いだことのない異臭がした。 城崎から距離を取ろうと、あるだけの力で押し返す。 「……城崎…やめて…。……汚いよ、俺…。」 「何言ってるんですか!汚いわけないでしょ?!」 「…臭いし……、汚いし…、それに…」 外面だけじゃない。 中身も汚いんだ。 おまえのこと、あんなにも責めたのに、結局俺だって浮気した。 故意じゃなくても事実は変わらない。 心まで汚いんだ。 だから城崎に抱きしめてもらうなんてダメだ。 「それ以上俺の先輩を侮辱するなら怒りますよ。」 城崎は怒気を込めた声で言った。 前にも自分のこと貶したら怒られたな…。 "俺の先輩" 俺はまだ城崎の恋人。 城崎からその言葉を聞けただけで、どうしようもなく嬉しかった。 でも、ダメだ。 これ以上、城崎を俺のせいで汚したくない。 「………やっぱりやだ…。」 「何が?」 「…汚い…から……。」 「俺が気にしないって言っても?」 「……うん…。」 城崎は優しすぎる。 こんなに汚い俺のことを、ちゃんと恋人のように扱ってくれて…。 人生絶対損してるよ。 「じゃあホテル行こ?」 「え……。」 「お風呂入ったら抱きしめてもいいってことでしょ?」 城崎にそう言われ、言葉に詰まる。 そういうことじゃないような…。 「それに先輩、めちゃくちゃ冷たいし。早く(からだ)温めないと。ほら、行きますよ。」 「え、わっ!?」 城崎に抱き上げられて、車の助手席に乗せられた。 毛布でぐるぐる巻きにされる。 「適当に近く入れるところ探しますね。」 城崎はそう言って車を発車させた。 この車どうしたの?とか、なんだかそんなしょうもない質問をできる空気ではなかった。

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