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第825話
「で?」
会議室の椅子に座り、腕と足を組んで城崎を威圧する。
城崎は言いづらそうに、ぼそぼそと口を開いた。
「何?」
「………蛇目さんを殴りました。」
「は…?職場で殴ったのか?!」
「先輩を抱いたって…。結局それは嘘だったんですけど、先輩が苦しんでる時に、あいつはヘラヘラしてて…。誰のせいで…って思ったら耐えられませんでした…。」
あの朝のことを思い出す。
今でも思い出しただけでゾッとする。
蛇目に抱かれた。
あれが嘘か本当か知ってるのは、蛇目本人だけだ。
俺にそうした記憶はないし、城崎だって俺を安心させるためにそう言っただけだと思う。
震える俺の身体を、城崎は優しく抱きしめた。
「先輩、ごめんなさい…。」
「バカ……。」
「だって、俺無理ですよ…。自分の命よりも大切な人が傷つけられて、黙っていられるほど大人じゃありません…。」
城崎の気持ちはとても嬉しい。
でもダメなんだ。
俺のために城崎のキャリアに傷つけてほしくない。
「お前の評価が下がったらどうするんだよ…。」
「どうでもいいです。」
「昇進したいって言ってただろ…。そういうの全部響くんだからな。ちゃんと考えろ、バカ…。」
城崎はお世辞抜きに仕事ができる。
上からも評価されてて、きっと俺はすぐに抜かれてしまうんだろうと、すでに焦っているくらいには。
華々しいはずの城崎の人生を、俺が邪魔したくないんだ。
「何度も言ってるんですけどね。」
「………?」
「俺の人生、先輩ありきなんですよ。昇進だって、先輩のこと楽させてあげたいからお金いっぱい稼ぎたいだけだし。」
全部俺のため…。
城崎の人生の前提に俺がいる。
長い人生の中で、最近ぽっと出てきただけの俺で本当にいいのか?
毎回ネガティブなことを考えてしまうけど、城崎の言葉に嘘があるとは思ってない。
「俺まだまだ働くし…。定年まで働くから、老後困らないつもりなんだけど。」
「まぁとにかく、先輩のために怒るのは、俺にとって当たり前のことなの。むしろ、怒らないほうがあり得ないから。」
「……ありがとう。」
「どういたしまして!」
城崎はぎゅっと力強く俺を抱きしめた。
職場だからダメだって思ってるのに、こいつの腕の中はひどく安心する。
でも上司として、ここで流されてちゃダメだよな…。
「俺のためとはいえ、人を殴っちゃダメ。」
「…………」
「暴力を振るう人は嫌い。」
「ちょっ?!殴らない!!先輩には絶対手は出さないですよ?!DVとか考えたこともないし!!」
「人に暴力振るう人も無理。」
「ごめんなさい。もう絶対にしません。」
「分かったなら許してあげる。」
辺りを見渡し、ブラインドが閉じているのを確認してから、城崎を抱き寄せ、触れるだけのキスをした。
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