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第870話

職場に着くと、涼真と珍しく早く来たちゅんちゅんが昨日のことで盛り上がっていた。 「お。噂をすれば来たぞ。」 「なんだよ、噂って…。」 ニヤニヤした視線を向けられて、また変なこと言われるんだろうと、視線を逸らして席に座る。 ちゅんちゅんは椅子に座りながらキャスターを転がして、俺の近くに寄ってきた。 「昨日綾人ほとんど寝てたよなって話。」 「ぶふっ!海に来て寝る人なんてあんまりいないですよ〜。」 「なっ…!おまえら……」 くすくす笑われてキレそうになったけど、考えてみればそうだ。 行きの車で寝て、昼前に寝て、昼ごはん後に寝て、あと帰りの車の中でも寝た。 城崎の腕の中が安心できたってのはあるんだけど、昨日は元気こそあれど体力はあまりなかった。 何故なら前日の夜、城崎になかなか寝かせてもらえなかったから…。 思い出してカァッと顔に熱が集まる。 「何赤くなってんだよ?」 「わぁ〜。望月さんのへんた〜い♡」 「あんたら、うちの可愛い綾人さんに何してるんですか。」 視線だけこっそりあげると、不機嫌オーラを放った城崎が俺を守るようにして立っていた。 多分自分がいないところで照れていることが気に食わないんだろうけど、原因はおまえだよ…。 「望月さんが昨日めちゃくちゃ寝てましたよねって話です!」 「あぁ、だってそれは…」 「ちょっ?!城崎?!!」 慌てて城崎に飛びついて手で口を塞ぐ。 すると城崎はニヤニヤしながら俺を抱きしめた。 しまった…。 俺が慌てて止める時点で涼真とちゅんちゅんはきっと察するし、ましてや自分から職場でこんな状況作るなんて…。 策士だ、こいつ…! 「相変わらず望月と城崎は仲良いなぁ。」 「主任になっても変わらないのねぇ。」 二人以外の職員にもバッチリ見られていて、俺は慌てて城崎から距離を取った。 うぅ…、マジで職場にバレるのそろそろなんじゃ…? 「あ〜元気出た♡綾人さんのご飯を期待して、今日の営業も頑張ろ〜っと♡」 「知ってるだろうけど、お前みたいに上手くないからな?」 「綾人さんの愛がこもった食事、美味しくないわけないでしょ♡」 城崎はご機嫌な様子で外回りに出発した。 調子いい日の城崎はもちろん全契約。 今日も城崎の営業成績がグンと伸びるんだろうな…。 ホワイトボードに掲示されている営業部メンバーの契約件数を見つめると、城崎と蛇目が群を抜いている。 さすがエリート二人…。 「あいつらすげぇよな。追いつける気がしねー…。」 「頑張れよ、涼真。」 「綾人も内勤務じゃなかったら並んでるんじゃね?」 「あそこまでは無理…(笑)」 「あいつらの給与明細見たくねー。自分が惨めになりそう。綾人は城崎の見たことある?」 「ないよ。」 うちの会社は固定給+歩合給。 だからこれだけ契約していれば、人より倍の給料もらってると思う。 多くの人は給料のために頑張ってるけど、城崎は俺に褒められるために頑張ってるんだもんな…。 いや、そりゃ多少なりとも金のためではあるかもしれないけど…。 でもあいつは頑張って稼いだ+αの金ですら、俺のために使おうとするんだから、いやでも愛されてるって伝わる。 「一年目からヤバそうとは思ってたけど、二年目から本気出してきたしな…。」 「ははは…。」 二年目の4月だ。 俺がアプローチをされたのは。 きっとあの頃から、城崎の仕事を頑張る理由に俺が含まれているんだろうな…。 「よかったじゃん。将来安泰で。」 「どうも…。」 涼真に揶揄われながら、俺も仕事を開始した。

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