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第894話

「時間かかったねぇ。でも上手に出来てるじゃない。」 「はい!ありがとうございます。」 着付けに30分以上は掛かって、でも初めての着付けだからということでそんなに怪しまれなかった。 途中ばあちゃんが部屋に入ってきそうになって、マジで焦ったけど…。 「じゃあ行ってくるね。」 「いってらっしゃい。あまり遅くなりすぎないようにね。」 「ははっ。ばあちゃん、俺のこといくつだと思ってんの?」 「可愛い孫はいつまでも子どもなのよ。」 祖母に見送られて家を出た。 誰もいない田舎道で、城崎と手を繋ぐ。 「綾人さんの浴衣姿、本当に良い…。写真いっぱい撮る…。」 「一緒に映れよ?」 「えぇ…。自分が入ってたら萎えるじゃん。」 「何に使う気だよ。」 思い出じゃなくて自慰のお供に使われるのかと苦笑する。 少しずつ人気(ひとけ)が増えてきて城崎は俺の手を離す。 少し寂しい気もするけど、地元だし知り合いいるかもだし、多分そういうの俺が気にするって分かってて離してくれた。 隣を歩いてるだけだったら、ただの友達に見られるのかな…。 「すみませぇん…。もしよかったら、一緒に回りませんかぁ?」 この辺りでは珍しく若い女の子二人組に声を掛けられる。 視線の先は城崎…。 そりゃ、こんなに格好良いもんな…。 「すみません。この人と一緒に来てるので。」 「あっ、もちろんお友達も一緒に…」 「二人で回りたいんです。ごめんなさい。」 決して恋人とは言わなかった。 俺のためだって分かってる。 分かってるんだけど…。 城崎の手をキュッと掴むと、驚いたような顔で見つめられる。 「いいの?知り合いいるかもしれないんじゃ…。」 「いい。」 「噂すぐに広まるって言ってたけど…」 「いい。」 拗ねたような俺の態度を見て、城崎はニヤニヤ嬉しそうに口角を上げた。 手を繋ぎながら色んな屋台を回る。 俺の手にはりんご飴、綿飴、ベビーカステラ。 城崎の手には焼きそばにたこ焼き、フランクフルト。 「今年も甘いもので両手いっぱいですね。」 「食べさせて。」 「どれ食べたい?」 「フランクフルト。」 「もう…。」 人気(ひとけ)が少ないところに座って、城崎に食べさせてもらう。 わざと上目遣いでフランクフルトを頬張ると、城崎は顔をヒクつかせた。 「煽ってる?」 「うん。」 「両手塞がってて何も出来ないのに?」 「女の子に声掛けられる城崎が悪い。」 「断ったじゃん。」 城崎が俺以外に興味ないのなんて知ってるし、こんな格好良いんだから声掛けられるのは仕方ないなんて分かってる。 でもやっぱりモヤモヤはしてしまうもので。 城崎に当たるなんてお門違いなんだけど、城崎は多分俺の気持ちを汲み取ってくれる。 「まぁ、嫉妬大歓迎ですけど。もう手繋いでるから声掛けてくる人いないでしょ。」 「そうだといいけど。」 「言っとくけど、俺だけじゃなくて綾人さんもナンパの対象ですからね?」 「城崎、あーん。」 「あ。こら。」 ベビーカステラを城崎の口に入れる。 俺は城崎のおまけみたいなもんだろ。 ムカつく。城崎は俺の恋人なのに…。 女の子に対する怒りを、城崎の口にベビーカステラを詰めることで消費した。

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