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第912話
通話を終えてから必死にストレッチして、何とか歩けるようにはなった。
冷蔵庫にあるもので夜ご飯を作って、17時には家事も終えて、いつでも夏月を出迎える準備はできていた。
なのにあいつは17時になっても帰ってこなくて、時計の針だけが進んでいく。
「夏月…、まだかなぁ…?」
時計は19時を示していた。
何度か電話をかけてみたけど繋がらない。
今日はどことアポ取ってたっけ?
あいつが苦戦するような取引先なんてあったか?
考えてみても思い当たらなくて、ただ不安だけが募っていった。
prrr……
19時30分、知らない番号から着信が入り、俺は不審に思いながらも電話をとった。
「もしもし…?」
『もしもし。城崎夏月の母です。望月さんのお電話番号で間違いないでしょうか?』
「え…?は、はい…。」
夏月のお母さん…?
なんで俺の番号知って……。
『突然ごめんなさいね。夏月から話だけは聞いていたの。とても大切な人がいるって、何かあった時にお名前と番号も。だからあなたには伝えておかなくちゃって。』
「あの…っ、お母様…、なんで突然…」
何かあった時ってなんだよ…?
小さな不安の塊が、どんどん大きくなっていく。
次に放たれる言葉がこれほど怖いと思ったことはなかった。
『さっき救急隊から電話があって、夏月が事故にあったらしくて…』
「えっ…?は…?」
『晴海大学病院に運ばれたみたいなんだけど、まだ意識が戻っていないらしくて…。私も向かっているんですが、道が混んでいてまだ着きそうにないんです。不躾なお願いをして申し訳ないんですが、先に向かってくださいませんか?』
「すぐ…っ、すぐに行きます!失礼しますっ」
失礼なのは承知の上で通話を切り、財布とスマホだけ持って、急いで家を飛び出した。
エレベーターを待つのすら時間が惜しくて、非常階段で駆け降りた。
住宅街でタクシーなんて走っていなくて、駅まで全速力で走る。
昼まで動けなかったのが嘘みたいだ。
駅まで走ってタクシーを捕まえて、急いで病院に向かった。
病院はつい最近、浮気調査で行った都内一等地の大病院。
こんなところに運ばれるなんて、もしかして…。
不安が大きくなって弾けそうだ。
タクシーを降りて、崩れそうな足で必死に地面を蹴る。
病院の正面入り口は既に閉まっていて、夜間入り口から中に入った。
守衛の人に声をかけようとしたら、視界の端に看護師が見えて、そちらに声をかける。
「あの…っ!救急で運ばれてきた城崎夏月の…っ」
夏月の…なんだ…?
こういうとき、なんて言えばいい?
恋人って言っていいのか?
「城崎さんのお兄様ですか?どうぞ、こちらへ。」
結局"恋人"とは言えないまま、看護師に案内されて病棟に上がる。
部屋の前に書かれた『城崎 夏月』の文字。
扉を開けるのが怖い。
ちゃんと聞いておけばよかった。
事故って何?衝突事故?
城崎は生身で、相手はトラックとかだったら…?
もし生きていても、重症なんじゃないのか?
「城崎さん、入りますよ。」
「あっ…」
躊躇して開けられなかった扉は、看護師の手によって簡単に開かれた。
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