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第913話
「綾人さんっ?!」
「…な…つき……」
扉の向こうのベッドの上には、いつもと変わらない夏月が驚いた顔で俺を見つめていた。
安心して足から崩れ落ちると、夏月が俺に駆け寄ってくる。
「生…きてた……」
「綾人さん置いて死ぬわけないでしょ。」
「夏月っ、夏…っ、うわぁ〜ん…」
泣きじゃくる俺を、夏月は子どもをあやすように抱きしめて頭を撫でる。
「なんでここ分かったの?さっきから電話かけてるのに全然出なくて困ってたんですよ。」
「電話…?」
「うん。見て。」
言われた通りスマホを開くと、何十件か夏月からの着信があった。
「ほんとだ…。」
「俺の方が心配した。綾人さんに何かあったのかなって。病院抜け出そうとしたら、看護師に怒られるし。」
夏月は大きなため息をついて頭を掻いた。
触れる肌が温かい。これはきっと夢じゃない。
「意識ないって聞いて…、本当に怖くて……」
「あー……。うん、確かに目が覚めたのは30分前ですね…。軽い脳震盪起こしたみたいで。でも見て?ほんのかすり傷だから。ちょっと捻挫したくらい。頭打ったから、一応検査のために一泊入院だって。」
「本当に大丈夫なのか?頭血ぃ出てない?」
「出てない出てない。ていうか、本当になんで綾人さんはここ分かったの?」
「それは……」
事の経緯を説明しようと思った瞬間、病室の扉が開いた。
すらっと細くて背が高くて、目を見張るほどの推定30代くらいの美人。
そして抱き合う俺と夏月を見て、その人は扉を閉めた。
「………なんとなく分かりました。」
「え…?えっ?!じゃあ今の……」
「はい…。俺の母親です…。」
はーーっ?!!
わ、若過ぎないか…?
俺の驚く顔を見て、夏月は苦笑する。
「なんとなく驚いてる理由も分かったんですけど、あの人もう四十ろ…」
「お黙り!!」
「いっっった!!!」
扉が開いてスパーンっと夏月の頭が叩かれる。
夏月は目尻に涙を溜めながら、母親を睨んだ。
「ごめんなさいね、望月さん。あの後夏月から連絡あって、ただのかすり傷だから来なくていいって。望月さんにも掛け直そうかと思ったんだけど、夏月から連絡してるかと思ってね。」
「普通脳震盪起こした人間の頭叩くか?つーか、綾人さんにいい加減なこと言うなよ。」
「あんたが意識不明だって聞いたから、大事かと思ったんじゃないの。むしろ感謝して欲しいわね。」
何故この状況で親子喧嘩…。
むしろ軽症で喜ぶところなのでは…?
「あの…っ、教えてくださってありがとうございました。」
「ほらね?望月さんもそう言ってるじゃない。」
「そうかもだけど…。余計な心配かけさせたくないんだよ。」
「そういう一方的な押し付け、嫌われるわよ。」
「はー?ラブラブですけど?」
はっ…!
そうだ。お母様に挨拶…!挨拶しないと…!
「お母様…っ!」
「…?」
「その…っ、夏月さんとお付き合いさせていただいております、望月 綾人です。ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。」
大切な息子を俺みたいな年上の男に渡すなんて、絶対に嫌だと思う。
でも俺も譲れなくて、お母さんに頭を下げた。
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