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第926話

浴衣に着替えて外へ繰り出すと、辺りは湯けむりと湧き出る温泉の水音、温泉特有の硫黄の匂いで包まれていた。 隣を歩いていると、さりげなく夏月に手を握られる。 「…っ!」 「繋いでいい?」 「もう繋いでんじゃん…。」 「ダメ?」 「……いい。」 顔が赤いのを湯気のせいにして隣を歩く。 俺っていつになったらこういうの慣れるんだろ…? 「綾人さん、顔上げて。凄いですよ。」 「わぁ…っ!」 夏月に言われて顔を上げると、轟々と湧き出る温泉の滝や所狭しと並んだ木製の(とい)、有名な湯畑そのものが広がっていた。 よく見ると、周りにはカップルや熟年夫婦、家族連れ、結構いっぱい観光客がいた。 二人で写真を撮ったりしながら散策し、昼は近くの有名なお蕎麦屋さんに並んで鴨せいろを食べた。 「美味いな。」 「はい。夜も楽しみですね♪」 脳内が食べることでいっぱいだったときに"夜"と聞いて、ぼわんっと夏月の肌色に侵食されていく。 体の熱が一気に上がり、夏月の肩をバシンっと叩いた。 「はぁっ?!///おまえいきなりそういうこと言うな!」 「え?何が…?」 「何がって…。」 夜って言ったよな…? え…?何この反応…。 「………あ。綾人さん、違う違う。夜って、夜ご飯のことですよ?」 「えっ……。………!?///」 いきなり下の話かと思って怒ったのに、俺の勝手な勘違いだったらしく、めちゃくちゃ期待してると思われて恥ずかしかった。 もう食べ終わっていたから、焦って店を出ると、夏月も慌てて追いかけてくる。 「ちょっ…!綾人さんっ!俺も夜楽しみですよっ!?そういう意味で!!」 「恥ずかしいから言うな!!」 「綾人さんも楽しみにしてくれてるの、超嬉しいから!そんな恥ずかしがらないで?!」 夏月は勝手に自爆した俺をフォローしてくれたが、俺の羞恥が治るまではなかなか時間がかかった。 そのあとは夏月が率先して、俺が行きたいと言っていた湯もみのショーや足湯、少し離れた場所にある滝、それに温泉卵やプリンが人気のところにも連れて行ってくれた。 色々回ってるうちに、徐々に日が暮れ始め、湯畑がライトアップされ始める。 「うっわ〜!!すげーっ!すごいよ、夏月っ!」 「綺麗ですね。」 昼とはイメージがガラッと変わった神秘的な湯畑。 昼と夜でこんなにも雰囲気が変わるものかと感嘆する。 「一周散策してから戻りますか?」 「うん。そうしよ。」 夏月の手をぎゅっと握りしめて、昼も回った湯畑の周りを散策する。 イルミネーション…にしては硫黄の匂いがすごいけど、暗い中ライトアップされた道を二人で歩いていると、あぁ、俺たち恋人なんだなって実感する。 「夏月……」 「はい?どうかしましたか?」 立ち止まると、振り返って不思議そうな顔をする夏月。 たまにこう…、無性に大好きだなぁって気持ちが溢れ出してくることがある。 「やっぱ戻ろ…。」 「疲れた?」 「ううん…。早く夏月と二人きりになりたい…。」 抱きしめてキスして欲しい。 顔を上げると、夏月は頬を赤らめて幸せそうに微笑んだ。

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