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第956話
「綾人さーん…。まだ怒ってるの?」
「怒ってない。つーか、職場で名前呼びすんなって言ったろ。」
「怒ってるじゃん…。」
結局昨夜は立てなくなるまで愛情を注がれて、朝早く起きてシャワーした。
次の日仕事なのにありえない。
罰として午前中は無視を決め込んでいた。
「何?また痴話喧嘩?」
「そう。」
「はは。じゃあすぐ終わるな。」
涼真はけらけら笑いながら、夏月に「頑張れ〜。」と声をかけていた。
俺と夏月、涼真の三人が揃っているからか、出勤するなりちゅんちゅんも寄ってくる。
「喧嘩ですか?」
「喧嘩は喧嘩でも、こいつらのは痴話喧嘩な。」
「ちゅんちゅんウザい。消えて。」
さっきまでニコニコだったちゅんちゅんの顔が青ざめる。
眉を下げて俺の腕を引っ張ってきた。
「酷いっ!望月さんっ、早く仲直りして!城崎さん機嫌悪いと俺に当たってくる!!」
「やだ。」
「そんなぁっ?!」
「あはは。」
夏月のサンドバッグになりつつあるちゅんちゅん。
俺と涼真にも雑な扱いをされて可哀想だと思いつつも、本人もこのポジションを美味しく思っていそうなので何も言うまい。
いつもの四人でワイワイしていると、部長が出勤してきた。
「おーい。望月、城崎、ちょっといいか?」
「はい。……悪い、ちょっと行ってくる。」
「いってらっしゃ〜い。」
二人に見送られて、夏月と一緒に部長のもとへ行く。
いきなりの呼び出しに内心少し緊張していると、夏月が周りに見えないように俺の手を握った。
まるで安心してと言っているかのように。
俺の気持ちにすぐに気づいて、こうして気遣ってくれるの、すごく嬉しい…。
「急で悪いが、おまえら二人、来週末出張行けるか?」
「「え。」」
部長の口から発せられたのは思ってもみない内容だった。
夏月と二人で?
マジで?いいの?
「20日、21日に二人で大阪出張。ずっと商談を持ちかけていたけど断られていた大手のP社と急遽アポが取れたんだ。うちから営業出すことになったんだが、何分腕の立つやつを行かせたくてな。どうだ?やってみないか?」
「行きます!!!」
夏月は前のめりに手を挙げて返事した。
部長はほっとした顔で頷き、俺に視線を移す。
「望月は?」
「あ…、はい。頑張ります。」
「助かる。よろしく頼むぞ。」
わぁ、マジか。……マジか。
夏月と出張、久しぶりだな…。
部長のもとを後にし、デスクに戻ったら涼真とちゅんちゅんに囲まれる。
「なんだった?」
「あー…、来週末に城崎と大阪出張。」
「へぇ!よかったな。通りで城崎が浮かれてるわけだ?」
横を見ると、夏月はニヤニヤして明らかに嬉しそうだった。
俺はまだあんまり実感なくて、反応薄く見えてるかも。
「夏月…、俺も嬉しいからな…?」
「はいっ♡大阪旅行、楽しみですねっ!」
「仕事な。しかも結構重要そうな…。」
「任せてくださいっ!」
夏月にだけ聞こえる声で伝えると、それ以上の声量で返事が来る。
テンション高すぎるだろ。
つーか、P社って大阪だけじゃなく全国的に有名な会社な上、ずっと商談断られてたなんて、上層部も本気で落としたいはずだ。
うかうかしてられないな。
「いいな〜。俺も大阪また行きたいです。」
「ちゅんちゅんは足引っ張るから嫌。」
「そんなぁっ?!俺頑張りましたよ?!」
「そうだっけ?」
浮かれた夏月と、夏月に遊ばれるちゅんちゅんと、それを見守る涼真。
楽しい雰囲気に飲まれそうになるが、始業時間を迎えてからは気を引き締めて出張に向けてのプレゼン作成に集中した。
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