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第997話
朝起きた時、ベッドに夏月の温もりは残っていなかった。
声も掛けずに行ってしまったのかと悲しい気持ちになったのも束の間、リビングの方から音がして、俺は飛び起きて物音のした方へ向かった。
「夏月…っ!」
「あ。おはよう、綾人さん。」
既にスーツに着替えて、髪型も整ってて、いつでも出発できる格好…。
皺にならないように、力弱めで夏月に抱きつく。
「俺に言わずに行こうとしたのか…?」
「まさか。また寝不足で倒れちゃ嫌だから、ギリギリまで寝かせておこうと思って。」
「そっか…。起こしてくれてよかったのに。」
本当は同じ時間に起きて、少しでも一緒にいたかった。
明日の夜まで会えないとか寂しいし…。
唇を噛んで我慢していると、顎をクイっと上げられて唇を奪われる。
「んっ…、夏月…」
「噛んじゃダメ。」
「うん…。」
「寂しい思いさせてごめん。できるだけ早く帰るから。」
優しい声色に涙が出そうになる。
夏月に抱きしめられていると、不安が飛んでいく。
すごく落ち着いて、心が穏やかになる。
寂しいな…。離れたくないな…。
頑張れって送り出さないといけないのに。
もう少しだけ、このままでいたい…。
「もう行かないと…だよな……。」
「ううん。あと3分こうしてよ?」
「でも……」
「駅まで走れば余裕だし。俺も綾人さんチャージ必要だから。」
夏月は本当にギリギリまで、俺だったら電車乗り遅れてるだろうなって時間まで、俺を抱きしめてくれていた。
行ってきますのキスをして、夏月は家を出て行った。
最後まで見送りたくて玄関先へ出ると、エントランスから本気で走って駅に向かう夏月が見えた。
すぐに曲がり角で、姿は見えなくなってしまった。
「はぁ…。あー……、俺も準備しないと……。」
夏月が頑張ってる間、俺だってちゃんと頑張らないと。
それに隙だらけじゃ、また蛇目とかになんかされて、夏月に余計な心配かけさせることになるし…。
しっかりしろ、俺。
自分の頬を叩いて気合いを入れる。
仕事に行く準備を始めようとすると、スマホの画面が光る。
『電車間に合った。ギリギリセーフ。』
通知の中身は夏月からのメッセージだった。
そんなメッセージ一つで、幸せな気持ちになれる。
好きな人って偉大だな…。
返信すると、まだ電車の中なのかすぐに返信がくる。
まだ家出るまで余裕あるし、夏月が乗り換えまでメッセージ続けちゃお…。
しばらくすると夏月からの返信が途絶え、時計を見るとちょうど出勤するのにいい時間になっていた。
「いってきます。」
誰もいない部屋にそう言い残し、俺も家を後にした。
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