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2話  陰日向

「子の一人は始末せよ。弟の方だ。常盤の耳には入れるな。間もなく病を経て死んだ事にせよ」  子が産まれたとの知らせを受けた義朝は、平氏との戦の最中(さなか)、いよいよ都を落ち延びるのも時間の問題という中で、六条堀川の館から常盤の屋敷へと参ったのだが、いざ我が子の顔を拝もうとすれば、そこにあったのは二つの同じ顔。  双子は不吉の前触れとする風習を無視できない義朝は、双子のうちの弟を、常盤に知られぬうちに始末するようにと、自らの側近に命じた。 「ですが殿···それはあまりに」  乳母から取り上げた赤子を腕に抱いたまま、義朝の右腕を務める男は、主に抗議の言を述べる。 「構わぬ。行け。これ以上顔を見ると情がわく。源氏の為ぞ。許せ···息子よ」  側近が苦悶の表情で、赤子を連れ去ろうとしたその時。 「殿···その子をどうなされるおつもりで」  いつの間にか奥の間から出てきた常盤が、美しい顔をさらに青くし立っていた。 「私の子をどこに連れて行くのですか、殿」  恐ろしい物を見るような目で、義朝を見る常盤は、まだ回復していないのだろう、柱に体半分を委ねるようにして立っていた。 「許せ常盤。忌み子は表に出せぬのだ。男児ならば今若、乙若もいる。双子の兄は牛若と名付ける事とする」 「始末するとおっしゃいましたか殿!子の命を奪うおつもりなのですか!?」  普段の貞淑な常盤からは想像もできないような、大きな声に側近は疎か、義朝でさえも目を剥いた。 「忌み子などではありません!この子は殿と私のお子に御座いませぬか!お願いでございます殿、どうかその子を返して下さい!」  我が子を取り戻さんと、常盤は涙ながらに義朝の甲冑に力の限り縋りつく。   あの常盤がこんなにも取り乱すとは···  義朝とて、好き好んで産まれたばかりの血の繋がった我が子を殺そうとしている訳ではない。  「常盤···」  義朝の目に、最早決定が覆らないと悟った常盤は、義朝の腰にある太刀を迷いなく抜き去ると、己の首に太刀の刃をあてがった。 「赤子を返して下さりませ!さもなくば、今この場で喉を突いて自害いたします!」  つんざくような慟哭と発狂に、今度は義朝が恐ろしい物を見るような顔をする。  そこまでして、ようやく義朝は折れた。このまま自害されてはかなわない。義朝としても寵愛する美しい側室を失うのは、心に痛みを伴う。  義朝は条件を出した。双子の弟の命は奪わないが、その赤子は常盤とその子らから引き離し、市中にて世間から隠して育てる事。そして、今生会う事は許さずと。  赤子の命に変えることはできぬと、常磐は泣き崩れながらも条件を飲むしかなかった。 ここに同じ日に同じ父母から生まれ落ちた双子は、お互いの存在を知らぬまま、運命の岐路を別れた。

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