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4話 兄弟の邂逅
京の都から外れた山間 を、二人の男が笠を目深にかぶり歩いて行く。
「佐殿 。佐殿!しばし、休憩いたさぬか?」
背後から聞こえる男の情けない声に、佐殿と呼ばれた男が笑顔で振り向く。
「まだ京に入ったばかりではないか。今日のうちにもう少し先に進みたいのだが」
「ですが佐殿、私の脚はもう動きませぬよ。腹も減りましたし、この先の茶屋で一服いたしましょう」
「仕方のない奴だな、与吉 は。商人は脚で国中を歩き回るのではないのか?伊豆を出てからこっち、泣き言ばかり申しておるぞ」
呆れるように言い放たれた与吉は、さらに情けない声を出す。
「商いをしているのは父です。国中を練り歩いているのも父でございますよ。私も共に同行して、幾度か京の都にも足を運んでおりますが、こんな山道ばかりを歩いた事はござらん!」
堪らんとばかりに与吉は首を振る。
「しかし、お父君の後を継ぐのそなただけなのだろう?その体力の無さを少しは嘆いたほうが良いのではないか?そなたの行く末のほうが心配じゃ」
「佐殿ー···」
「それに都へは下りん。用がない。それになるべく人目につきたくない。しかし腹が減ったのは確かじゃな。どれ、茶屋に寄ろう」
二人は通りにある小さな茶屋で、しばし脚を休める事にした。
与吉は団子を頬張りながら、周りをはばかり、小さな声で問いかける。
「しかし佐殿。何だって京になんか上ってきたので?その···今更言うのも何ですが、抜け出したのが知れたら大事ですよ。御身危ういのでは···」
「ああ、危ういであろうな」
こちらも団子を頬張りながら、何事もないかのようにしれっと答え、さらに続ける。
「だから山道を通ってる。都へ足を踏み入れれば、そこは平家の庭じゃ。捕らえられでもすれば、私もそなたもその場で打ち首かな?」
「あーあー、父に言われるがまま、ついて来なきゃ良かったですよ!身代わりまで仕立てて、時政 殿の目をかいくぐれるのですか?」
「大丈夫であろう、おそらく。時政殿の監視はな、案外緩いのだ。だから蛭ヶ小島 でも、私はそれなりに自由に動き回れておるぞ。だからそなたら商人の親子とも巡り会えたのじゃ」
問答をしているうちに、二人は団子を平らげ終えていた。
「さて、そろそろ出発しようか」
「もうですかい?しっかし佐殿、危険を犯してまで京に来て、これから何処へ向かうので?」
聞かれた男は、笠をかぶりながら、伊豆を出る際から、迷いなく決めていた目的地を口にする。
「鞍馬寺だ」
夕刻、日が暮れ始めると、鞍馬寺周辺は一気に冷え込みが増す。
遮那王は、本尊の板の間を拭いていた。秋も深くなり、そろそろ水に手をつけるのも辛くなる季節が来る。
これも己を律するための修行、寺での仕事も全て無駄にするなと僧正坊に言われてからは、丸ごと自分の糧にしてやると、歯を食いしばりこなしている。
自分はおそらく、鞍馬寺 に居るべき人間ではない。先日の僧正坊とのやり取りから、その思いは強くなっていた。
だが、武士になり戦に出て剣を振るう己もまた、どこか幻にも近い幻影として、遮那王には映っていた。
嘆きや迷いが晴れる日は来るのだろうか。なぜ剣をとるのかと問われ、平家に謀反をおこすのかと言われれば、そんな気は一切ない。ないのだ。
ないのだけれどー···
板の間を拭き終え、桶の水を捨てに外に出た。そして、寺へと伸びる長い階段にさしかかった時、下から張りの良い声に勢い良く呼び止められた。
「すまない、そこの童 !そなたは鞍馬寺の稚児か?」
突然大きな声に呼び止められ、遮那王は固まってしまった。一瞬、平家の公達 かと思ったが、どうも出で立ちが違う。
そうこうしているうちに、先程の声の主と、もう一人の男が階段を登り、気づいた時にはもう目の前に居た。
柔和な表情のその男は、整った容姿をしていて、身なりは質素だが、どことなく品がある男であった。
「驚かせてしまったな、すまない。この寺の者に会いに来たのだが···名前がわからなくてなぁ。おそらく歳頃はそなたとあまり変わらないんだが」
誰に会いに来たと言うのだろうと、遮那王は逡巡する。自分と同じ歳頃の稚児も居る事には居るが、名前がわからないのでは、はて困ったぞと顔を傾けた。
「そなた名は?」
困り果てて下を向いていた遮那王に、男が声をかけて来たので、遮那王は顔を上げた。
瞬間、笑顔だった男が真顔になった。遮那王がさらに首を捻ると、男はそっと遮那王の細い肩に手を置いた。
「···牛若か?」
今度は遮那王が真顔になる番であった。何故自分の名を知っているのだろう。自分の幼名を知っているのは、この寺の付近では鞍馬寺の僧と、師である僧正坊くらいのはずである。
瞬間的に平家方の者ではないかと、身構えた。
「よう似ておるな。常盤殿に」
遮那王は、突然目の前の男から発せられた母の名に、ふと、無意識に力が抜けるのを感じた。
「なぜ、母上をご存知なのですか?」
男は、初めて口を聞いた牛若に、柔らかい笑みを浮かべた。
「見かけた事があるのだ、昔。その時、そなたはまだ赤子で、常盤殿の腕に抱かれておった。そうか、そなたが牛若か。大きゅうなった!」
男は、遮那王の背に合わせて腰を屈めながら、まじまじとその姿を眺めた。遮那王はなぜかこの男に、特別な何かを感じとった。
「あの、あなたは?」
そう聞かれ、男は白い歯を見せて微笑んだ。
「そなたの兄じゃ」
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