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8話  暗晦の合わせ鏡

 曇天が空を覆い尽くし、小春日和の日々に肌寒さを呼び戻す。  御簾を下ろした薄暗い屋敷の中で、一つの影が静かに動く。碁盤を前に、何局目になろうかと言う対局を、“一人”で進めていく。 相手はいない。はじめからそうだった。囲碁も将棋も全て自分が相手であった。 対局相手の“自分”が、投了を投げかけた。  碁石を一つ弾き、そのままどさりと、板の間に背を預けた。周りには書物や巻物が散らばっている。 もう全て頭に入っている。いい加減飽き飽きしてしまったので、新しい書が欲しいものだと思った。兵法書などが良い。それも簡単に理解が出来ぬような、高等な物。 「若様。今日は冷え込むので、火鉢を持って越させましょうか?」  ふと御簾の外から女が声をかけてきた。 「気にしなくて良い。このままで問題はない」  答えてやれば、女は影だけで頭を下げ、そのまま下がる。  だらしなく寝転んだまま、白い手の甲で御簾を少し持ち上げ空を見る。 薄緑色の瞳に、少しばかりの光が映り込む。 「くく···俺に相応しい空ではないか」  無意識に出た笑い声が自嘲じみていて、御簾を突っぱね、奥へ入る。  自分を憐れむ事は、何よりも不利益で意味のない事だ。  形の良い眼を閉じれば、程なくして眠気が襲ってくる。  どうせ見るならば、邸から見る狭い空などではなく、雄大な大地に立ち見上げる空の方が、同じ曇天でも何十倍も美しいのだろうと思った。  

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