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16話  日輪は没む

 遮那王が戻った。鞍馬寺の主である日庵(にちあん)は、伝えに来た僧に一言、わかった、とだけ伝え、本尊を後にした。  表へ出るとまだ日が高く、そこに遮那王が居た。   「戻ったか、遮那王」    そう声をかけるなり、遮那王はそのまま膝を付き、口を開いた。 「日庵様。此度の勝手な振る舞い、何卒お許しください。母の身を案ずるあまり、気が動転していた事は言うまでもなく。また、一条長成様より、書状をお預かり致しております」  小さな口からつらつらと出てくる流暢な言い分に、きつくお灸をすえようと構えていた日庵は、少しばかり毒気を削がれた。 「母御殿はご無事であられたか?」  日庵は、遮那王に問いながら、渡された書状をその場で開いて見た。今回の件についての非礼を詫びる文面と美辞麗句などが書き連ねてあり、一条家の印が押してあった。 「大事ありません。私が到着して数日は起き上がれぬ様子でございましたが、その後は歩ける程までに」 「そうか、それは良かった。言いたい事はあるにはあるが、一条殿に免じ、此度は不問に致す。次からは気をつけよ。今は気ままな御曹司ではないのだからな」  戻るよう促すと、遮那王はゆるりと顔を上げ、視線を一度日庵に目配せして、ゆるく落とし、そのまま中へと入って行った。その仕草に、日庵は少しばかり違和感を覚えた。 紛れも無く遮那王だ。見知ったままの子供の姿であったし、澄んだような声も遮那王そのものだ。 では何だ? 日庵はしばし(おも)(ふけ)る。久々に母親と会ったのだから、変化があろうと何も不思議ではないではないかと、己の疑問に決着を着け、再び本尊へと入って行った。 十四になったとは言え、遮那王はまだ子供なのだ。  しかし日が傾いてからも日庵は、己の中に生まれた小さな違和感を消せないままであった。     (遮那王(あの子)の瞳は、あのような色であったか…?)    

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