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19話 常闇の色欲
子供らしさが消えたと言うべきか。鞍馬寺の主、日庵 は、遮那王が鞍馬寺へ戻ってからというものの、以前の遮那王とは何処か変わったと感じていた。立ち振る舞いや言動が変わる事は、年端も行かぬ子が年齢を重ね成長するのだから当然ではあるが、遮那王の変化はそれだけではない。僧侶達の数人と、体を重ねているのだ。
寺の稚児が年頃になると、女人と交わる事を禁じられている僧侶達の性交相手を務める事は、ひどく一般的であり、それは遮那王も例外ではない。だが、稚児に初めての手解きをするのは寺の高僧であり、鞍馬寺では日庵が行う事が慣例である。現に日庵は、何人もの稚児の初めてを請け負って来た。しかし遮那王に対しては、その血筋と微妙な立場故、今まで日庵はそれについて保留していた。また、遮那王を預かる際、実母の嫁ぎ先である一条家からも、無体するなかれとの達しがあった事も一因であった。
その全てを飛び越したかのような遮那王の変貌。
遮那王が思い悩んでいる様子は見受けられなかった。悪巧みをしている僧はすぐにわかる。情交に関しては特に。遮那王と交わっている僧らにも、特段変わった様子はない。遮那王自ら進んで体を差し出していると見て間違いないのだ。
そこまで考え、日庵は思考を止めた。
「あの子が望んでいるのならば…暫し見守ろうではないか」
すれ違った若い僧侶が、目配せをしてきた。それは今夜の誘いの合図である。断る理由はない。暫くして、その僧侶は数日前初めて寝た相手であった事を思い出した。
“遮那王”となってから一月 経った。これまで鞍馬の僧とは数人、褥を共にした。そこで初めて、従来の遮那王が手付きでない事を知った。
「随分と大事にされていたじゃないか。稚児のくせに」
本物の遮那王。一月前、突然存在を知った兄弟。平家方の刺客に矢で射られ重症を負い、今は生死を彷徨い寝たきりとなっていると、あの日自分をここへ連れて来た男に聞き、実際にこの目で見た。自分と瓜二つの顔。そしてもう一人、あの異様な目をした男、頼朝。自分が源氏の血筋であり、源氏の嫡男の弟である事も生まれて始めて知った。
地中深く埋められていた、開けてはならない箱が開け放たれた。ただ一人、本物の遮那王の為だけに。
「…はあ、遮那王ッ…」
自分の上で、興奮のままに身体を動かす男を見上げる。その快感に耽る様を見るだけで、“遮那王”は勝ち誇ったような気分になり、僧侶の口へと吸い付き舌を絡め取る。
「んっ…ふ、私の中はッ…あん、気持ちいい…かい?…あっ…んぅ…」
「ああ、気持ちいいッ…!遮那王っ…遮那王、ずっとお前をッ…抱きたかった…!ここ何日も、ずっと…お前の事ばかりッ…!」
“遮那王”は、しなやかな脚を僧の腰に絡ませて、自分へと引き寄せる。快感が背筋を這い上がり、反らした背中を僧がすくい上げ抱き締める。
「なら思う存分、溺れてくれ」
やがて、どちらのものかわからない熱さを腹に感じる。尽きることの無い色欲の吐息は、深い闇へと放たれて、消えて行った。
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