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20話 麒麟児

 逸材だ。十年、いや百年に一度と言っていい。少なくとも僧正坊が生きて、この目で見てきたどの武士よりも剣才がある。    倒れた遮那王に成り代わり、入れ替わったもう一人の“遮那王”。頼朝からと同じ扱いをしろとの命を受け、僧正坊は近頃“遮那王”に剣の稽古をつけている。 (無論平家の目を欺く為…と言う建前があるが、それより何より…)  “遮那王”の太刀が美しい孤を描く。銀色に輝く線が、落ちてきた木の葉を音もなく両断する。 (が違う。剣才のみならず、状況判断能力、兵法から軍事、果ては(まつりごと)に関する知識まで。全てを凌駕している…)  羽のように軽やかに、鳥のように高く飛ぶ。剣と腕、身体が一つの魂のように、しなやかに躍動する。 (天才とはまさにこれ。人の子が神に選ばれたか…)  “遮那王”が一切の無駄のない、美しい所作で太刀を鞘に納める。 (そして驚くべきは――…これら全てを身につけるまでに、一月(ひとつき)…)  僧正坊は震えた。悟られまいと掌で額を覆った。武士としての矜持、本能が刺激され、激しく揺すり起こされた。目の前の少年。この麒麟児の才能を限界まで引き出したい。自分の手によって、最強の武将が育つかもしれない。歴史と言う大河の濁流に、幾千の英雄が飲み込まれ、儚く散って行った事か。 「…“遮那王”…神に選ばれし麒麟児…。お前は…最強だ」  “遮那王”の翡翠の瞳が、月の色を写して光り輝く。牡丹色の唇が割れ、玲瓏(れいろう)な声が僧正坊にだけ届く。 「当然だろう」

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