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23話 心と思いと

 遮那王様が立っておられた。姿かたち、声、全て遮那王様であった。    それは、同じ形をした別の人間だった。放つ言葉も、自分を見る視線も、何もかもが別物だった。清廉で柔らかく凛とした雰囲気は、何処までも妖しく婬靡なものに。闊達な口調は、冷たく誘うように。  遮那王様。自分にとって唯一無二の存在。特別なお方。生涯お守りすると誓った。  目の前の“遮那王”を間近で見た。この世のものとは思えぬ美しさであった。全てが同じなのに、左目の瞳だけが、遮那王様とは違う、美しい翠色(みどりいろ)をしていた。“遮那王”だけの、“遮那王”の為だけにある色のようだった。  その美しい少年が、自分の新たな主となった。志が砕け散り、心が重く没んで行くのを感じる。  “遮那王”は危険だ。身体の奥がそれを感じ取り、一気に目の前の少年を警戒した。頼朝がこの少年に着けと命じたのは、監視し野放しにするなと言う意味だ。  この少年が言うように、遮那王様に再び危害が及んだとしたら、自分はこの美しい少年をどうするだろう。それこそ、この少年が言ったように、殺してしまいたくなるかもしれない。    武蔵坊弁慶にとって、一番大事なのは遮那王一人だけだ。源氏も平家も頼朝も、実の所どうでも良い。遮那王が頼朝を尊重したので、弁慶も大事に思い尊重しただけだ。  弁慶は静かに決意する。心を殺してでも“遮那王”に食らいつくと。そのしなやかな身体に穴が開き、灼けきる程までに、一挙手一投足を見逃さない――と。 「…今度は何があろうとも、守りきってみせますぞ、遮那王様…」  

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