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6話 蜘蛛の世界へ
蔵之介は何も考えず、先へ進んだ。
捨てられたんだ、何が起きても怖くはない。
両親に捨てられる恐怖に比べたら、何も怖くはない。
蔵之介は抜け殻の様に歩いた。
ただ、言われた方向に足を進めた。
しばらく歩いていると、足元にねちょりとしたやわらかい感覚と音。
「え?なに?」
蔵之介が後退ろうとするが足のうらにくっつき、動けば糸を引き動くほど足に絡みついてきた。
「もしかして蜘蛛の糸?」
側にあった木に手をつくがそこにもねちょりとした感触。手を離すと細かい糸を引いた。
払いのけようとするがやはりこちらも手に容易に絡みつく。
これ以上動かない方がいい。それは瞬時に分かった。
絡みついた蜘蛛の糸は、振動を察知した主が現れる。これだけでかい蜘蛛の糸だ。主も相当大きいだろう。
けれど蔵之介は落ち着いていた。記憶に大きな蜘蛛の存在があるからだ。
動かず待っていると、木が遠くで揺れた。
「くふふふ」
「ふははは」
「ひひひひ」
いくつもの笑い声が近付いて来る。
一人、二人ではない、気付くと周りからカサカサと葉のこすれる音や、木のきしむ音が聞こえ、多くの気配を感じた。
「なっ、何?」
すると顔の横ぎりぎりに蜘蛛の糸が走った。それは後ろにあった木にくっつく。
かすめた左頬に薄く切れ目が入り、血がこぼれた。
上空で木がきしみ、木の葉が舞った。何か戦いが起こっているのか、呻く声や打撃音が聞こえてくる。
車の中で聞いた事を思い出した。
ここには蜘蛛の獣が住むと言われている。100年に一度、生贄を捧げる契約で村の人は平和に暮らしていた。生贄が戻ってきたことは一度もなく、どうなるのか全く分からない。
今や笑い話になっていて誰も信じてやいない。知らない人間だっている。黒服の男は所長の事をいかれた男だと言っていた。黒服の男自身もこの話を信じていない様だった。
獣の姿だって誰も見た事がないのだ。信じられるわけがない。
しかし数百年前、その契約を破ろうとした。生贄を出さず、日々平和に過ごしていた。正しくは当時の所長は話を信じず、生贄の事を完全に忘れていた。
すると畑の作物や水、家や植物全てに蜘蛛糸がかかり使い物にならなくなり生存の危機に見舞われた。
村長は慌てて生贄を選別し、神隠しと言う名目で一人の10歳前後の男の子が送り出された。
それ以来、その仕来りは裏で続いていた。
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