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103話
蔵之介が困ったような顔をするのを見て、ヴィンター師は手を離した。
「ビアンカに治癒糸を巻いてもらいなさい。寝るときに両足を固定するようにまとめて。一晩やれば今よりましになるだろう」
「なんで……」
蔵之介の目から涙がこぼれた。
「なんで分かってくれるの?」
「何もわからんよ」
ヴィンター師はそういってただほほ笑んでいた。
蔵之介は涙を拭いた。
「そうだそうだ、飛び降りるとかそんなはなしだったか」
ヴィンター師は庭の方に向き直り座った。蔵之介は黙って溢れる涙をぬぐった。
「蔵之介はなぜ高いところが苦手なんだ?」
「分かりません、覚えてないんです。ある日、学校のベランダに出てたったら4階位の高さだったんですけど、急に恐くなって」
「人間そんなものだな、急に好きになって急に怖くなる」
そういってヴィンター師は何か含むように笑った。
「本当に子供の為になるんですか?」
「さあな、でもビアンカの母体も確かに同じ事をしていた。しかし、同じ母体から生まれてもビアンカの様に強くなれるものはごくわずかだ。言ってしまえば強さは大して変わらない。ただ経験を詰むことで自信となる。それは言い換えれば強さ。多くの経験は自分の心を強くするものだ」
「心を強くする……」
心が強くなればと思うことは何度もあった。けど
「俺は経験ても強く離れなかった……」
「それは一人でやったからだろう、違うか?」
蔵之介は頷いた。確かに一人でやった事もあった。けど皆の前でもやって、笑われて。心が強くなるどころか削らていった
「一人だとな、まわりに見てくれる人がいない。それでは、やったという経験も全て知られずに終わるんだ。それが自信に繋がるかどうかは、見守ってれる人の存在でもかわる。だから私のような人間がいる。ただ見ているだけで子供たちはどんどん強くなっていく。ちょっとした手出すけで、どんどん自分でやり方を見つけて進んでいく。それを見ているのが楽しい。海もしっかり強くなっとるよ。バナナを剥いてくれるのも早くなった。最初は文句ばっかりだったがな」
ヴィンター師は子供の様に笑って言った。
蔵之介は黙ってうつむく。
「まだなにか気にかかることがありそうだのう」
ヴィンター師はまた顎髭を撫でた。
「俺はビアンカを責めちゃったけど、さっきキーパーから聞いたんです。ビアンカは止めようとしてくれてたって。なのに、すごく責めちゃって……」
蔵之介はまた涙を流し袖でぬぐった。
「よく泣くのう」
「すみません……」
蔵之介は涙が止まらず顔をずっと袖で抑えていた。
「いや、涙が出るときは泣けばいい。泣いたらすっきりして次に進めるものだ。」
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