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104話

「蔵之介を泣かせてくれなんて頼んでないぞ」  海の声がして蔵之介は顔を上げると、料理を運んできていた。 「はい、師匠の分」  と深い器を渡した。何か汁物と麺が入っているようだ。 「蔵之介はこっち」  と先ほどから香ばしい香りがしていた、それを差し出された。 「焼きそばだ。おいしそう」 「今日のは蒲鉾入りだ」  海は言って、蔵之介の横に座った。 「ゼノス、これお前の分だ」  お盆に乗った焼きそばを海が示す。ここに来てからずっと部屋の隅におとなしく座っているゼノスはうつむいたまま首を横に振った。 「まあ、お腹すいたら食えよ」  そう言うと海も蔵之介と同じく焼きそばを食べ始めた。 「海って人間の食事の方が好きなの?」 「まあな、外の世界で過ごしてる時間が大半だったから」 「外で暮らしてるなら外の暮らしもあるだろうし、ここにいて大丈夫なの?」  海は蔵之介の問いに答えず、焼きそばを頬張りもぐもぐと口を動かした。 「そういう時は大体誰かが恋しくて動くものだ、理由は言えんよ」  ヴィンター師が言うと海は口の中のものを吐きだしそうな勢いで「ぜんっぜん!違うからな!」 っと怒鳴った。 「海、夕方ごろ少し見てやろう。日か沈む前には庭に居なさい」 「本当か!?やっと何か教えてくれるのか!?」 「まあ、楽しみにしていなさい」  ヴィンター師は出かけ、海もトレーニングに向かった。蔵之介は青風情泊にゼノスと二人で残され手持無沙汰になる。ゼノスは相変わらず部屋の隅っこに座りおとなしくしていた。海の作った食事もテーブルにラップをかけ置かれたままだった。 「ゼノス、何かあった?」  ゼノスはまわりを見て蔵之介しか居ないのを確認してから蔵之介の傍に歩み寄った。 「あの、すみません。人の家は苦手で」 「そうだったんだ、今は大丈夫?」 「はい」  ゼノスは懐から手帳を取り出した。 「蔵之介様、いくつかお伺いしたいことがあるのですがお聞きしてもよろしいですか?」 「うん」  蔵之介は頷いた。ゼノスは先ほどより緊張がほぐれているようで蔵之介は安心した。 「蔵之介様は高いところ以外に苦手なことはありますか?これはやりたくないというものがあれば調べておいて欲しいとビアンカ王に頼まれております」  ゼノスは手帳に記載しながら話した。 「うーん、ここだと虫を食べる事かな。他はあんまりないかも」  蔵之介が答えるとゼノスはそれを書き込んだ。 「承知いたしました、蜘蛛の糸に縛られたりは?」 「蜘蛛の糸に……、平気だけどされたい事ではないかな」  蔵之介が答えるとまたゼノスは手帳に書き込んだ。

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