156 / 204

154話 人間界に戻った蔵之介

 暖かい春の風の暖かさから、かけていた布団を蹴とばしていた。しかし、朝の空気はまだたまに冷たさがあり、冷えから目を覚ました。掛け布団をひっぱり肩まですっぽり埋まるが、外の明るさに気付き細く目を開けた。カーテンから明かりが漏れ、光が当たる場所は白く輝いていた。  蔵之介は起き上がり、トイレに向かった。体を動かせば寒くなくなる。用を足しながら既に冷え始めた足をこすり合わせた。  今日も一日が始まった。  この暮らしが始まって数日しかたっていない。その前の記憶はほとんどなかった。俺はこの街で生贄とされたが、5月14日俺は役所の敷地内で倒れていた。すぐに病院へ運ばれ検査を受けた。体には特に問題なしとのことだが、大人たちは何やらざわついていた。  体の中をいじられている可能性があるとか、体内に蜘蛛の糸があったとか。蔵之介には聞こえない様話しているようだったが、蔵之介は物陰にかくれ聞いていた。  その後、なぜ倒れ居ていたのか、なぜそこに居たのか、何があったのか。問われたが全く記憶がなかった。どこか森の中に居たような気がする。そのイメージが頭をよぎる程度だった。 記憶のない俺は入院中に生贄にされ、森の中へ向かったのだと聞かされた。両親はというと既に引っ越したあとで調べても見つからなかったとの事だった。蔵之介を生贄として差し出した対価として手に入れた小切手を盗まれ。そして、家のローンを払えなくなり、蔵之介を失ったことで両親は破局したらしい。  両親の顔すら覚えていない。何の執着もなかった。しかし、他に行く当てもなく一時的に区役所に務める一人の男の元に引き取られることになった。  家事くらいは手伝えという条件で俺はここに住まわせてもらっている。  いつも通り、朝食を作る為に台所に立った。作れるモノと言っても大したものでは無く、ご飯を焚いて、卵を焼いて、添え物の野菜を炒めか温野菜を作り、ベーコンかウィンナーを妬く。もしくはパンにバターを塗ったり、ジャムを塗ったり。そのループで作っていたが、男は文句を言わず毎日完食して仕事に出ていった。  男が出ていった後、蔵之介洗い物をして、洗濯ものを干し、カバンを持った。そして学校へ向かう。  学校では平凡な日々だった。少し遠巻きに見るものもいるが、特に話しかけてくる人もいない。友達と呼べる存在は居なかった。それでよかった。特にさみしくもなく、ただ生きてるだけでいいなら楽なものだ。  帰りの時間になると、部活もせずに家に向かった。一応俺は受験生らしいが、今の所高校に行く予定はない。突然の居候の身で、高校の学費を払ってほしいなんて言えなかった。中卒で働くしかないのだろうと蔵之介はぼんやり考えていた。

ともだちにシェアしよう!