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161話
蔵之介は海のゲージに行くと、海は寝ぼけているのかひっくり返って足を時折ぴくぴく動かしていた。
ゲージの蓋を開けると、海はそれに気づき壁をよじ登ってゲージがから飛び出した。そして嬉しそうに蔵之介の肩に乗り走り回っていた。
「食事の用意してたのは海だったんだね。でもどうやって準備してたの?海も人になれるの?」
蔵之介が聞くと肩から飛び降りて窓の方へ走っていった。
蔵之介は後を追い、カーテンを開けるとベランダの隅に少年がいた。横になって丸まり、マフラーを抱きしめ寝ている。
「これどうしよう」
蔵之介がつぶやくと後ろから村田が近寄ってきた。
「しつこい奴だな。仕事に行くとき連れてくから構わなくていい」
と村田は蔵之介に見せない様カーテンを閉めた。
朝食のパンを食べながら蔵之介は村田に聞いた。昨日の夜のことでどうしても気になった。
「村田さんって、もしかして蜘蛛なの?」
村田は口に含んだパンを噛み黙って飲み込んだ。
「昔の話だ。もう人間だよ」
村田は再び食パンをかじりサクサクと音を立てた。
「俺は記憶を取り戻さない方が良いのかな?ずっと白い髪の男の人と一緒にいた記憶が頭をよぎるんだ。多分これはイメージじゃなくて本当にあったことなんじゃないかと思う。その人といる時、俺はすごい幸せだった気がするんだ」
村田はパンを食べ終え、牛乳を飲み干すと立ち上がった。
「俺は仕事に行く。お前も学校に行けよ。お前は人間でいろ」
村田は仕事用のカバンを持ち、ベランダのゼノスを抱き上げた。ゼノスは起きることなくすやすやと眠っていた。「呑気な奴だな」と村田は抱え、海に一緒に来るように言った。
海は村田の体に飛び移り、肩まで登りスーツの襟の中に隠れた。
「じゃあ行ってくる」
村田はいつもの出勤時間より早めだが、家を出ていった。
蔵之介は部屋に一人残され、もやもやとした不安に狩られた。
本当に思い出さなくていいのか?今思い出さないと一生思い出せない気がする。あの少年が持っていたマフラーに触れれば全てを思い出せるかもしれない。けど、蔵之介の心が病みそれを忘れさせるために記憶を消し、人間の世界に戻された。そんな記憶を取り戻して良いのだろうか?そんな心の葛藤が繰り返され、体が動かなかった。
窓に近付きカーテンを全部開けた。窓を開けるとベランダにはキラキラ光る物が落ちていた。
蔵之介はそれに気付きしゃがんだ。これは昨日の治癒糸?蔵之介はそれに触れようか悩みしばらく眺めていた。
意を決してその意図に手を伸ばそうとすると、目の前に突然一人の男が飛び降りてきた。
「見つけた、生贄だ」
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