199 / 204

☆二章四話

 蔵之介は突然のクリスマスの空気に浮かれ飾られたツリーを眺めていた。 「夜にはライトアップする予定だ。とてもきれいだよ」 「すごい、楽しみ」  ツリーを見ていると「蔵之介」と呼ばれる声が聞こえる。下を見ると海がそこにいて、ジャンプして壁を伝い三階まで上がってきた。  下で見てみないか? 通路の手すりに乗り、海は手を差し出した。 「あー、見たいけど……」  蔵之介はビアンカを見る。 「見てくるといい」  ビアンカはいうが蔵之介はマフラーの端を持ち上げた。 「今繋がってるから」  海は蔵之介のマフラーからビアンカの首にマフラーが繋がっているのに気付き怪訝な顔をした。 「なんてものつけてるんだよ。外せばいいだろ」  海が蔵之介のマフラーに手を伸ばすが、ビアンカは蔵之介の腰に手を回し、引き寄せた。 「それは駄目だ。蔵之介一緒に降りよう」  ビアンカは蔵之介を抱き上げ、通路の外へと飛び出した。蔵之介はビアンカの首に抱き着き目を閉じた。  ビアンカは「見てくるといい」と言ったのに、いざマフラーを外されそうになると外すのは嫌がっている。これは海をからかっているのだろうか?と蔵之介は考えていた。  下に降りると、蔵之介は地面に下されやっと目を開ける。下から見上げるクリスマスツリーは想像してたより迫力がある。 「すごい」  海も降りてきて、蔵之介の横に着地する。 「蔵之介は手すり越しなら下を見るのは平気なのか?」 「うん、ちょっと怖いけど手すりがあれば平気かな。スカスカで頼りないのだと恐くて近付けないけど、ここはしっかり石で作られてるし」  海は「そうか」と短く言って蔵之介の頭を撫でた。 「この帽子は?」 「ビアンカに貰ったんだ。手袋も」  蔵之介は嬉しそうに海に見せた。 「ふーん」  と海は興味なさそうに言って、ポケットを探りなにかを取り出した。 「これ俺からのプレゼントだ」  海が差し出すと蔵之介はそれを受け取ろうとする。しかしその直前にビアンカが取り上げた。 「おい」  海が言うと、ビアンカは蔵之介を抱きしめた。 「海、ここで蔵之介に贈り物をする時は僕を通すのが筋だ」 「え、ああ、そうか」  海は言うと突然、海の周りにキーパーが現れる。海はそのキーパーに捉えられた。 「おい、まて、忘れてたんだって」 「一時間閉じ込めておけ。今日はクリスマスだから人の出入りも多い。キーパーの仕事もしてもらわないといけない。大目に見るているだけだということを忘れるな」  ビアンカに言われ、海は「はいはい」とやる気のない返事をして連れていかれた。 「それには何が入ってるの?」  蔵之介が聞くと、ビアンカは小さい紙袋を手のひらに乗せ目を閉じた。ゆっくり目を開けるとビアンカはそれを懐にしまった。 「後で見せよう」  蔵之介は首を傾げた。ビアンカはどこか見せたくなさそうだった。  一通り城の中の飾りを見終ると部屋に戻った。  その頃には海も戻ってきた。 「酷い目にあった……」 海は嘆くように言った。 「何かされたの?」  部屋のソファーで海はふんぞり返って座っていた。蔵之介が問うと海は 「いや、閉じ込められただけだけどさ。一時間もだぞ。あんな生臭いところで」  と海はため息をついた。 「それに俺は一人で閉じこもってるのが嫌いなの」  海は言って蔵之介を見た。 「プレゼントは見たか?」 「んーん、ビアンカが持っていった。後で見せるって言ってたから中身は確認したんじゃないかと思うけど。ビアンカって透視能力とかあるの?」 「そんな話は聞いたことないですが」  ゼノスが答えた。 「はったりだろ」  海は不機嫌そうにソファーに寝転がった。 「それより、プレゼント取られたんだから少しは怒れよ」  海に言われ、 「あー、うん、確かに……」 「蔵之介様はあまり怒らないですよね。なぜですか?」  ゼノスに聞かれ蔵之介は考える。 「なぜって聞かれると困るけど、なんか俺が怒ってもどうにもならないかなって思って」 「そんなことないだろ」  海は言った。 「親に蔵之介は理不尽なこと言われすぎてるんだよ。俺が蔵之介の母親噛んだ時も、部屋で寝てたからって怒られてただろ」 「……うん」  蔵之介はうつむき頷いた。 「なんで部屋で寝てると怒られるんですか? 寝てはいけない時間だったんですか?」 「違うよ、ただ母親の虫の居所が悪くて、適当な難癖付けて怒ってたんだよ」  海が言うと、蔵之介は目からぽろぽろと涙をこぼした。 「え、おい、蔵之介? 泣くなって」  海は慌てて起き上がり蔵之介の横に座った。ゼノスはタオルを持ってきて蔵之介の反対側に座る。 「ごめん、今まで普通だと思ってたこと。理不尽って言われて、安心しちゃって」  蔵之介はゼノスからタオルを受け取ると顔に押し当てた。 「ずっと我慢してたから。俺が変なのかもって。俺が駄目だから、母さんは怒ってるんだって……思って」 「そんなことないです。蔵之介様は優しくていろんなことができます」  ゼノスがいうと蔵之介は鼻を啜って泣きだした。海が蔵之介の肩を抱き寄せると蔵之介は海の肩に寄り掛かる。 「お前は何をしたって、何もしなくたってあんな黙って怒られてる義務なんてないんだよ」  蔵之介は声がのどに詰まっているのか、声を上げず。ただ苦しそうに涙を流していた。  ゼノスが心配そうに蔵之介の腰を抱きしめ寄り添った。  昼間はひと出入りが多く、外が騒がしくなった。  蔵之介は泣きすぎて目をはらしていたため、少し目を冷やそうと外に出て海に抱えられ屋根の上に登った。 「ここは平気か?」 「海が掴んでてくれてれば平気」  蔵之介の目は充血して赤くなっている。 「こんなに泣いてるのにビアンカは来ないんだな」  海が言うと、蔵之介は「忙しいんだよ」と返す。 「ここも怒っていいんだからな。なんで仕事優先なんだ! って」  海が笑って言うと、蔵之介は鼻をすすって頷いた。 「なんで俺の所に来てくれないんだろう」  蔵之介がつぶやくと、「誰か待ってるのか?」とビアンカの声が聞こえる。 「え」と振り向くと、ビアンカが真後ろに立っていた。 「ビアンカ、なんで?」  蔵之介は驚いてビアンカを見つめるが、目が赤いのを思い出し前を向く。 「蔵之介の姿が見えたから」  ビアンカは言って蔵之介の後ろに座った。海の手をどけ蔵之介は抱き上げる。蔵之介はビアンカの足の上に座らされた。 「ええ、海が蔵之介様の腰を抱いているのがしっかりと見えました」  その言葉に海はびくっと肩を震わせ後ろを見るとピーが立っていた。 「蔵之介泣いていたのか? 海に何かされたか?」  ビアンカは蔵之介の頬に手を添える。 「大丈夫、優しくされて安心しちゃって」  蔵之介が言うと、ビアンカは蔵之介の頬にキスをした。 「それで僕を待ってたのか? こんなに泣きはらして。泣いてる時、僕に傍にいて欲しかったのか?」  ビアンカに見つめられ、蔵之介は顔を赤くする。 「その、そう……って言ったら困る?」 「全然困らないよ。次からは来るよ何があっても」  ビアンカも優しい。忙しいなら来なくてもいい。そう思ってるけど、傍に居て欲しい時もある。  蔵之介はためらいつつビアンカの首に抱き着いた。 「忙しくなかったら来て」  蔵之介がビアンカの耳元で言うと、ビアンカは頷いた。 「分かった。必ず」  ビアンカは蔵之介の頭に手を回し、そっと蔵之介の頬に頬を寄せた。 「言っとくけど俺は何もしてないからな。それより俺のプレゼントちゃんと蔵之介に渡せよ!」 「蔵之介の心音を聞けば、海が何をしてるかくらいわかる。あと、海が蔵之介を抱き寄せると海の心音の方がうるさいからもう少し静かにさせるんだな」  ビアンカは蔵之介の背中を撫でた。  そうか、ビアンカは心音で俺が安心してるのを分かってるんだ。だから危険な状態じゃなければ、それで判断してどうするか決めてるんだ。  今傍に来てくれたことはすごく嬉しい。ゼノスと海が居れば安心は出来たけど、ビアンカが傍にいるとすごく心が熱くなる。 「お前俺の心音まで聞いてるのかよ!?」  海が顔を赤くして言う。 「聞きたくて聞いてるんじゃない。聞かれたくなかったら蔵之介に近付かなければいい」  ビアンカはしっかりと蔵之介の腰を抱きしめている。  これもビアンカは俺が屋根の上で恐がっているのを分かってしてくれてるんだ。  そんな些細なやさしさに気付くとどんどんビアンカに心を惹かれていく。  そんなことされたら、ビアンカに甘えすぎてしまいそうだ。  言い合う二人を横目に蔵之介は顔を赤くしていた。  ビアンカは何度か言い合った後、きりがないと蔵之介に顔を向けた。 「蔵之介、あまりここに長居はしない方がいい。屋根の上は狙われやすい」  蔵之介は頷いた。 「そろそろ仕事に戻るの?」 「うん、蔵之介とずっと一緒にいたいけどね」  ビアンカは蔵之介を抱え上げ、屋根からおり三階の通路へ入った。そこで蔵之介を下した。 「ありがとう」 「お礼なんていらないよ」  ビアンカは蔵之介のおでこにキスをした。  後から海と、ゼノスも降りてきた。 「ピーは?」  ビアンカが聞くと「ビアンカ王」と屋根の上から声がした。 「それじゃあ僕は行くよ。蔵之介のことは頼んだよ」  とビアンカは屋根の上に戻った。 「何かあったのかな?」 「さあ」  蔵之介が聞くと、海は短く答えた。 「って、プレゼント取り返し損ねた!」  海が言って屋根の上を見るが、二人が神妙な面持ちで何か話してるのを見てそっと通路に戻った。 「次は必ず取り返す」  海はため息をついた。 「ごめん、次は俺も言うよ」  蔵之介はあたらめて自分は主張が弱いのだと気付いた。自分はわがままだと思っていたけど、海といるとそうでもないのかもしれないと思えた。 「ああ、頼むよ」  海が言って、蔵之介は笑って頷いた。ビアンカと海は仲が良くないのかな? と感じることもあるけど、結果的にはお互い認め合っている様にも見える。蔵之介にはそれが不思議でならなかった。  そして少し羨ましくもあった。  部屋に戻ると、そこは暖かく外の空気の冷たさを実感する。  ビアンカの作った服は暖かいから外の寒さを時々忘れかけるけど、今はもう息はいつでも白い。  夜になると部屋の前の通路からイルミネーションを見ていた。 「ビアンカとも一緒に見たかったな」  蔵之介が言うと海は不満げな顔をした。 「ビアンカとは夜に行くんだろ」 「もう夜だよ」  蔵之介がいうと海は首を横に振った。 「もっと夜。夜中ビアンカが一緒に行こうっていうよ。今は俺がいるんだから俺を楽しめ」 「私もいますよ」  蔵之介が海のいる方とは逆の方向を向くとゼノスが蔵之介をみてほほ笑んだ。 「そうだね、今は三人の時間を楽しもう」  遠くの方がからずっと音楽が聞こえてくる。聞き覚えのある曲もあれば聞いたことのない曲もある。  夜風に触れていてもビアンカのマフラーと帽子と手袋は暖かい。 「今日は蔵之介様へのプレゼントが沢山届いてると思いますよ」  ゼノスが蔵之介を見て言う。 「そうなの?」 「はい、今日ここに来る半数は蔵之介様との子供を授かる為です。一度でも交われれば、強い子孫が多く残せます。多く残ればそこからまた強い子孫が残せますから。それを求める人にとってはこういう城への出入りが許される日は別の意味で特別な日なんです」 「まあ、あんまり期待はしない方が良いぞ。プレゼントって言ってもツボとか、ジュータンとかだし。王に取り入ろうとするものが多いから、どちらかと言うと王へのプレゼントだよ」 「そっか」  蔵之介は手すりに腕を置いてその上に顎を置いた。キラキラとひかるイルミネーションを眺めているとうとうとし始めた。遠くで流れていた曲が止まり、一度世界から音がなくなったかのように静まり返った。 「あー駄目だ。寝ちゃいそう」  蔵之介は目を擦った。横を見ると海とゼノスが倒れている。 「え、海? ゼノス!?」  慌ててゼノスの上半身を抱き上げるが寝ているようで、寝息を立てていた。海も同じようだ。まわりを見ると奇妙なくらい静かなことに気付いた。 「どうしよう」  蔵之介はゼノスの頬を軽く手のひらでたたいた。 「ゼノス、ゼノス」  何度か呼びかけるとゼノスは目を開く。 「蔵之介様……」  ゼノスはぼんやり目を開いた。そしてハッとして目を覚ます。 「私は何を?」  ゼノスは状況を見て、蔵之介の部屋のドアを開けた。 「中へ」 「海も入れよう」  蔵之介は海の上半身を持ち上げ引きずり、部屋の中に入った。  中へ入るとゼノスは部屋のドアと窓に糸を張った。 「海! 海! 起きて!!」  海の体をゆするが、海は起きなかった。 「なんで?」  ゼノスはふらつきながら蔵之介の所に来て膝をついた。 「すみません、私も、もう」  ゼノスも必死に堪えているが寝そうだった。 「そんな……」  どうして俺だけ平気なんだろう。  恐くなり首元のマフラーを掴んで顔うずめた。  そこではっとして、蔵之介は手袋をしたまま海とゼノスの顔に手を触れた。  すると二人とも目を覚ました。 「あれ?」  海は身を起こし何事かと辺りを見回した。 「蔵之介様」  ゼノスは混乱していた。蔵之介はゼノスを抱き寄せマフラーに触れさせると、手袋を取った。 「海これして」  と蔵之介は手袋を外して海に渡した。 「なんでだよ」  至極もっともな質問だ。ビアンカの手作りの手袋なんて海にとっては必要のないものだ。 「なんか変なんだ。二人とも急に眠っちゃって、外もすごく静かになってる。俺は起きていられて、ゼノスと海は手袋触れたら目が覚めたんだ。帽子とマフラーと手袋にはビアンカの治癒糸が編み込まれてるから、それで回復したんだと思う。何かが原因で眠らされてるんだよ」  海はそれを聞くと蔵之介から手袋を受け取り、片方は手に付け、片方はポケットにしまった。  蔵之介はゼノスにかぶっていた帽子をかぶせる。 「良いんですか?」  ゼノスは遠慮がちに聞いた。 「うん、今は二人が居てくれないと困るから、つけてて」  蔵之介の言葉にゼノスは頷いた。  海は窓とドアに糸を張り直し、部屋の中を確認した。 「今の所問題はなさそうだけど。こんなことをするのは確実に蔵之介を狙ってのことだろう。ここを出たほうがいいかもしれない」 「ビアンカも寝ちゃってるのかな?」  もし寝ているのだとしたら起こしに行くのが最優先だ。 「それは分からない。蔵之介の胸の糸は一方的なのか? ビアンカがどうしてるのか分からないのか?」  海に聞かれ、蔵之介は胸に手を当てた。そういえば考えたことがなかった。ビアンカの心音は聞こえたことがない。糸から何か感じ取れないかと目を閉じたが、何も起こらなかった。 「よくわかんない」 「今の時間だとビアンカは王広間だ。プレゼント持ち込む客人の相手をしている。隠れながらそこに向かって、様子をうかがうか……」  海が言うと、ゼノスは首を横に振った。 「今は蔵之介様の身の安全を守るのが最優先です。ヴィンター師の元へ行きましょう。蔵之介様はそこにあづけてから調べたほうが良いと思います」 「そんなの嫌だよ、俺もビアンカのこと心配だし」  海は「そうだ」とつぶやき蔵之介を見た。 「ビアンカは今日蔵之介のあげたマフラーはつけているのか?」  ゼノスは考えてから口を開いた。 「ずっとはつけてないと思いますが、つけてないときはピーさんが持っているのではないかと思います」 「だとしたら二人とも起きてるはずだ。あれもビアンカの治癒糸で出来てる。ピーが起こさないはずがない」  すると部屋のドアがノックされた。  蔵之介が返事をしようとするが海に止められる。  三人とも黙って警戒し、ゼノスは窓の方へ警戒を向けた。 「僕だよ、開けてくれるか?」  ビアンカの声が聞こえゼノスも海も警戒を解いた。 「待って」  蔵之介は小声で言って海の服を掴んだ。 「どうした?」  海も小声で返し聞くが蔵之介は「分からない」とつぶやくように言った。 「分からないけど、なんか違う気がする」  海は少し考えて、蔵之介の肩を抱いた。 「ビアンカ王、今蔵之介がどこにいるか分かりますか?」 「ここにいるはずだ心音で分かる」  海もその返事で違和感を感じたのか、蔵之介を見て頷いた。ビアンカなら今の状況で海が蔵之介を抱きしめていることまで分かるはずだ。それなのに、それを明確には言わない。普段のビアンカならやきもちを妬いたようにあれこれと状況を言ってくるはずだ。 「今、ゼノスと蔵之介は外に出てるんだ。すぐに戻ると思う」  海は今の状況を知らないという提で言った。 「そうか、どこに向かったか知っているのか?」 「ツリーをもう一度見に行きたいって向かったよ。すぐ戻るって言うから俺はここに残ったんだ」  海が言うとビアンカの声は黙った。  ビアンカならここで「怠慢だ」と文句の一つでも言ってくるはずだ。  しかし、 「分かった、なら探してみよう」  この言葉に海はビアンカ本人ではないと確信した。 「部屋の中をな」  ビアンカの声がそう言うと、ドアを開けようとドアノブをひねった。  開こうとすると海の糸が引っかかり開かなかった。  海は慌ててさらにドアに厳重に糸を張り巡らせる。以前ビアンカに破られたのを経験し、海は硬くドアへの糸を張った。 「仕方ない」  ビアンカの声が聞こえた。その後に同じ声が続く。 「海! 蔵之介を守れ!」  海はそれを聞いて蔵之介を抱き上げ、ゼノスの首根っこ掴んで、ドアから離れるように飛んだ。  ドアが吹き飛び破片が飛び散った。海はそれが蔵之介に当たらないよう背中を向けた。  蔵之介がドアを見ると、ビアンカがビアンカを押し倒していた。馬乗りになるビアンカは蔵之介の作ったマフラーをしている。 「来たかワイト」  マフラーをした方のビアンカが言い、もう一人のビアンカは笑った。 「すごいね、生贄は僕の正体を見破ったよ。君じゃないって」 「当たり前だ!」  マフラーをつけたビアンカは手に糸をため、もう一人のビアンカにそれを打ち付けた。しかし、打ち付けらそうな中でも「ふ」と笑い、押し倒されたビアンカは打ち付けた糸が散るのと同時に姿を消した。動きが素早かったのか、蔵之介にはよく見えていなかった。 「また会おう、蔵之介」  ビアンカの声が耳元で聞こえて離れていった。  蔵之介はぞわっと鳥肌がたち、海にしがみついた。 「何だったんだ?」  海がつぶやき、蔵之介を抱きしめる。  ゼノスも何があったのか分からず、呆然と状況を眺めていた。 「ビアンカ王」  ピーが駆け寄り、ビアンカはため息をつく。 「蔵之介、大丈夫か?」 「うん」  蔵之介は頷いた。 「ゼノスと海も起きていられたんだな」  ビアンカは二人が、手袋と帽子をつけているのを見て、蔵之介を見た。 「蔵之介が二人に帽子と手袋を渡したのか?」 「うん、二人とも寝ちゃって。ゼノスが手袋で起きたみたいだったから」 「そうか、いい判断だ」  ビアンカはそういって、手のひらに糸を出し何かを編み上げた。四角の連なる輪っかが二つ出来上がった。 「二人にはこれを渡しておこう、治癒糸で編み上げた。今後同じ状なことがあっても、それで手袋や帽子のように敵からの攻撃の効力をけすことができる。致命傷には聞かない量だが一時的にには使えるだろう」    海とゼノスはそれぞれ受け取り、手首にそれをつけた。 「僕は外の様子を見てくる。まだ何かいるかもしれない」  ビアンカは蔵之介の頭を撫でて立ち上がる。蔵之介は慌ててビアンカの服の袖を掴んだ。 「部屋の中にはもう何もいない?」  先ほど耳元で聞こえたビアンカの声が耳に残っていた。そのせいか、バードイートの時のことを思い出し、部屋にいるのが恐かった。 「僕の部屋へ送ろう、そこなら安全だ、三人で待っていてくれ」  ビアンカはそういった後少し黙って海とゼノスを見た。そして蔵之介に目を向ける。 「あとすまないが、その帽子と手袋を貸して貰えるか?」 「良いけど何かに使うの?」  ビアンカが言うと蔵之介は海とゼノスから手袋と帽子を受け取った。蔵之介はビアンカに渡そうとしたが、ピーが近付いてきたので、それをピーに渡した。 「すみません、今日の来客が全員眠らされています。ビアンカ王が出せる治癒糸ではカバーしきれません。他の物の糸も使い、以前使った物でまだ使えるものも使用しますが、間に合うかどうか……。最近ビアンカ王も糸を出すことが多く、無理もさせられません」 「そっか、なら俺の編んだマフラーも使って。これも」  と蔵之介はビアンカに貰ったマフラーを外そうとしたがビアンカに止められる。 「ありがとう蔵之介。蔵之介にもらったマフラーも使わせてもらう。しかしそれだけは持っていてくれ。それは蔵之介の身を守れるものだ。今後も何かあった時に役に立つはずだ」  真剣な面持ちのビアンカに蔵之介は頷いた。 「蔵之介のマフラーがあって助かった。よかったらまた来年も編んで欲しい」 「うん」  一行はビアンカの部屋へと向かい、ビアンカは来客の対応へと向かった。 「ビアンカ王とイルミネーションは見れなさそうですね」  ゼノスが窓の外を見ながら言った。  蔵之介は頷く。 「そうだね。でも仕方ないよ、あんなことがあったら。でもビアンカに似たあの人は誰だったんだろう」  蔵之介はマフラーを首元でもふもふと揉みこんでいた。ビアンカの編んだマフラーは蔵之介が編んだものより柔らかく肌触りも良いのでつい触ってしまっていた。 「疑似化するにも似すぎていたな。声、見た目だけじゃなくて気迫もビアンカに近いものがあった。相当な能力を持ってるんじゃないか? 兄弟にしても似すぎてる。見た目が変装でなければ双子か?」  海は戦いのさなか見ていた光景を思い出し、考察する。 「ビアンカ王は“ワイト”と読んでいらっしゃいましたが。兄弟は多いと思うのでその可能性はありそうですけど。双子という話はきいたことがありません」 「んー」  と蔵之介はのどを鳴らした。枕を抱きしめながらベッドに仰向けに寝転がった。  部屋で聞いたビアンカの声。何度思い返しても今まで日々聞いてきたビアンカの声だった。  声と姿を似せるなんてファンタジーではよくある設定だ。兄弟や双子も。あとは、 「影みたいな?」 「影?」  ゼノスは首を傾げた。 「想像だけど、最大の敵は自分みたいなやつ」  蔵之介が言って、海もゼノスもよくわからないとでもいうように顔を見合わせた。 「あ……、ごめん今の忘れて」  蔵之介は顔を赤くして枕で顔を隠した。 「まあ、それは本人から聞くのが正確だし、あとで聞いてみよう」  海はそういって立ち上がった。 「ちょっと外の様子を見てくる」  ゼノスは不安そうに海を見た。 「大丈夫だ、キーパーが起きてるか確認したらすぐに戻ってくる。そろそろ城の者たちは目を覚ましてるだろう」 「分かりました、気を付けてください」  ゼノスが言うと海は警戒しながらドアを開けて出ていった。  真夜中、ビアンカはやっと戻ってきた。部屋の中は暗く蔵之介はビアンカのベッドで眠っていたが、物音で目が覚め起き上がった。  ビアンカはベッドのカーテンを少し開き、蔵之介が起きてるのを見てほほ笑んだ。 「起こしたか?」 「んーん、ぐっすり眠れてなかっただけ。もう平気なの?」 「ああ、シャワーを浴びてくるよ」  ビアンカはベッドのカーテンを閉めた。  足音が風呂場の方へ向かっていく。 「じゃあ、ビアンカも戻ってきたし俺はそろそろヴィンター師の所に帰るよ。また明日来る」  カーテン越しに海の声が聞こえた。 「うん、遅くまでありがとう」 「ビアンカが出てくるまでは、部屋のドアを開けるなよ」  海はそう言って出ていった。  蔵之介はそっとベッドを出て戸惑いながら風呂場へのドアを開けた。ゼノスが蔵之介の元に行こうとすると、蔵之介はそれに気付き手のひらを向け止めた。  脱衣場に入り、浴室のドアを少し開けた。 「ビアンカ」  蔵之介の声にビアンカは顔を上げた。 「どうした?」 「一緒に入ってもいい?」  蔵之介が聞くと、ビアンカはほほ笑んだ。 「構わないよ。ピー、あとは自分でやる」  ピーは頷き、手足についた泡を洗い流して浴室を出た。ビアンカは立ち上がり、蔵之介のおでこにキスをして服を脱がせた。蔵之介はビアンカに手を引かれ浴室へ入る。    ビアンカに体と頭を洗ってもらい、湯船でビアンカを待った。  ビアンカも全身を洗い終わると蔵之介の後ろにまわり、一緒に湯船につかった。  蔵之介はビアンカに後ろから抱きしめられ、寄り掛かるとすごく安心できる。  ビアンカの暖かさと、湯船の暖かさで蔵之介はうとうとしはじめた。  ビアンカに頭を撫でられると心地よい。その手が首、肩、胸、お腹へと撫でおろされ、太ももを内側から外側へと撫でられる。  それを過ぎると、お腹へと手は納まり、蔵之介の体を抱きしめた。  ただくっついているだけで幸せを感じられる。 「このまま離れたくないな」  蔵之介はつぶやくように言った。 「いいよ、ずっとこうしてよう」 ビアンカの声が浴室に優しく響いた。ビアンカの声と、呼吸と、たまに落ちる水滴の音。動くと揺れる水面の音。それだけが二人を包んでいた。 「今日の、ビアンカに似た人は誰だったの?」  蔵之介は頭だけビアンカの方へ向ける。 「あれはワイトだ。僕の弟だ」  ビアンカは顔を上げていった。 「可愛い弟だよ」  ビアンカは笑いながら言った。 「可愛い弟なのにいきなり攻撃したの?」  蔵之介に言われ、くすくすとビアンカは笑った。そして蔵之介の唇に唇を重ね、舌を絡ませた。  誤魔化そうとしてる……  蔵之介はそう思ったが、ビアンカの下半身の熱が硬くなっているのに気付き、体を返しビアンカを抱きしめた。  今、ビアンカが言いたくないならきっと聞く必要はない。  明け方、陽が昇る前にビアンカに起こされた。着替えてマフラーをして外に出ると吸い込む空気が冷たい。ビアンカに肩を抱かれ歩く城の中は、まだクリスマスの飾りが輝いていた。 「日が昇ったら片付けるからその前に一緒に見たかったんだ」  蔵之介は嬉しくなり、ビアンカの腰に手を回した。 「俺も一緒に見たかったんだ」  二人は寄り添い歩きながら、城の中のイルミネーションを見て回った。どこも静かで、誰もいない。世界に二人だけしか居ないんじゃないかと思える静けさだった。  ただビアンカと二人で歩いているだけで嬉しくて幸せだった。不思議なくらい満たされる。  見回りながら、ビアンカは飾りについての解説もしてくれた。どこもこだわって配色を決めたり、壁の色によって色をかえてるとか。  見る角度によって見え方が変わり、通路を歩き始めた時と、歩き終えた時で色や柄が変わるイルミネーションもあった。  一通り見て部屋に戻り、再び布団に二人でもぐりこみ夜が明けるまで寄り添い眠りに落ちた。  次の日、蔵之介の部屋のドアは治され部屋に戻った。  すると部屋に大量のプレゼントが届けられていた。  昨日のプレゼントで、その中でも危険性のないものをビアンカが選別してくれたらしい。 「ビアンカってそんなこともしてるの? 仕事多くない?」

ともだちにシェアしよう!