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☆二章五話

 蔵之介が心配になりゼノスに聞くが、ゼノスもそう思っているのか困ったように言う 「ビアンカ王が他の人には任せられないとご自身で分別されたとのことです。昨晩と、今朝起きてからでかなり時間がかかった様です」 「大変だね」  相変わらず自分は何の役にも立ってないと思い、うつむいた。  危険物がないことはビアンカにより確認済みでも、いざというときの為にとゼノスがひとつひとつ開けて蔵之介に中身を見せていく。  なんだかよくわからないアイテム、本、置物、ツボ、宝石、他いろいろ。  マフラーや手袋もあり、ゼノスがそれをみていた。 「これはもらっても構いませんがビアンカ王の作ったもの以外着てはいけませんよ」 「なんで?」  蔵之介が聞きながらのぞき込む。 「その糸が何で作られたか分かりませんから」 「何でって、糸以外に何があるの?」 「まれに何か呪いのかけられた糸で編まれていることがあるんです。そういうものですと、つけたら取れなくなるとか……」  ゼノスが言った瞬間マフラーがゼノスの首に巻きついた。 「ゼノス!?」  首が徐々に強く閉まりぎちぎちと音を立てた。蔵之介が外そうとするが、堅く閉められ外せる余裕がなかった。  ゼノスは首がしまり、声も出せずに苦しそうにかすれた声をだし、目から涙がこぼれた。 「どうしよう」  蔵之介はまわりを見ると、ビアンカに貰ったマフラーが目に入る。それを手に取ってゼノスの首に巻きつけた。するとゼノスは息を吐き出し咳込んだ。 「ゼノス、ゼノス!」  蔵之介は目に涙を浮かべて呼びかけるが、ゼノスはその場に倒れた。  突然部屋のドアが開きビアンカが入ってきた。 「何があった?」 「ゼノスが」  蔵之介は涙がこぼれぬぐった。  ピーが歩み寄り、確認する。 「大丈夫です、息はあります」 「マフラーがゼノスの首を絞めようとしたんだ。ビアンカのマフラーを上から巻いたら息が戻ったみたいで」  蔵之介が言うとビアンカは確認する。開けられた箱を見るとバツマークが書かれていた。 「誰がここに運んだ?」  ビアンカはピーに問う。だれかが意図的にまぎれさせた可能性があるとビアンカはピーに指示して運んだ者を探させた。  ビアンカはゼノスの首にまきついたマフラーを見て眉を寄せた。マフラーはマフラーと呼べる形を保っておらず、鉄の首輪のように堅くなっていた。  ビアンカは一呼吸して、ゼノスの胸元に手を当てそこから糸をゼノスの体に這わせ首元に糸を伸ばした。  どうなるのかと蔵之介は落ち着かず見ていたが、突然ピキッと何かが折れるような音がして、首が左右に割れゼノスの首から外れた。 「うぅ……」  苦しさから解放され、ゼノスが声をもらした。 「これで大丈夫だろう」 「よかった」  蔵之介はゼノスに歩み寄り、抱き上げてベッドに横に寝かせ、マフラーをまき直した。 「このマフラーで首の傷とか治る?」 「ああ、しかし治癒糸は使えばその力は弱まる。効力が持続するものじゃないんだ。だからゼノスの傷が治ったら持ってくるように言ってくれ。改めて治癒糸を編み込ませる」 「分かった」  蔵之介が頷く。 ビアンカはプレゼントの箱の方へ振り返り、糸を放った。その糸は各箱に伸びていき、少し経つと縮まりビアンカの手の中に戻った。 「ここにある残りのプレゼントは安全だ。しかし海が来るまでは開けないでおいてくれ」 「うん、さっきのゼノス見たから開けるの恐いよ」  蔵之介はうつむき、意識の戻らないゼノスを見ていた。 「ゼノスはすぐに起きるよ。僕は仕事に戻らないと。また仕事が増えた」  ビアンカはため息交じりに言った。  最近のビアンカは少しつかれているように見える。  もしかしたら蔵之介の想像以上に疲れていて、ビアンカはそれを隠しているのかもしれない。  蔵之介はベッドから立ち上がった。 「ビアンカ」  名前を呼ぶとビアンカはほほ笑んだ。 「俺に何かできることがあったら言って。今は勉強とかもあるからあまり手伝えないけど。できることならなんでもするから。俺ずっと何もしてこなかったけど、このままじゃビアンカのお荷物になっちゃう気がして」  蔵之介はためらいがちに言う。こんなこと言うと今までなら「でしゃばるな」とか「お前に何ができる」とか言われてきた。けどビアンカの為なら何かしたい。蔵之介はそう思っていた。 「それは助かるよ」  ビアンカは蔵之介の頭を撫でた。そして蔵之介を抱き寄せる。 「ビアンカ?」  ビアンカは蔵之介の頭に顔を寄せると大きく息を吸った。そして顔を離して吐き出す。  その後も蔵之介の頭を撫でたり顔を摺り寄せたり、背中を撫でたり、ビアンカは蔵之介を堪能していた。 「あの、くすぐったい」  蔵之介はビアンカの脇を撫でる手に肩をすくめた。 「なんでもさせてくれるんだろ?」  ビアンカは蔵之介の耳元でささやいた。 「なんでもするとは言ったけど……」  蔵之介はビアンカの体を撫でる手に時折体をこわばらせ、堪えるような声をもらす。 「んっ……う」  蔵之介はビアンカの服をきゅっと握りしめる。  そこへドアがノックされた。 「俺だ。入るぞ」  と海の声がする。ドアが開き、海は固まった。  片手は蔵之介の服の裾をめくり太ももを撫で、反対の手はお尻を布越しにさわり、蔵之介の胸元に顔をうずめる男がいる。その男はビアンカなわけだが。  急に海が入ってきたことに戸惑う蔵之介の目は潤み、顔は真っ赤だった。  海はすぐさま蔵之介からビアンカを引き離そうと飛び出し殴りかかった。  しかし、ビアンカもそれを予測し、蔵之介を抱き上げ避ける。海の足に軽く蹴りを入れると海は体制を崩し勢い余って部屋の奥へと突っ込んで転がっていった。 「動きの反射は悪くないが、まだ遅い」  ビアンカは言って蔵之介のおでこにキスをした。そして蔵之介の襟元をただす。 「海も来たしいつも通りの運動をして勉強するんだよ。ゼノスの手帳を見れば予定は分かるはずだから。ゼノスが昼が過ぎても起きないようなら言ってくれ」 「うん」  蔵之介は恥ずかしそうに顔をそらし襟元をぎゅっと両手でつかんだ。 「ありがとう、疲れが取れた」  ビアンカはそういって部屋を出ていった。 「あー、くそ」  海は起き上がり、奥から戻ってきた。 「お前……」  海は、顔が真っ赤で服が乱れた蔵之介を見てそれ以上何も言わず目をそらした。 「ゼノスは寝てる見たいだけどどうしたんだ?」  ゼノスが蔵之介のベッドで寝ることはない。明らかに何かがあった後だと察したのだろう。事情を説明すると海は「今度はそっちか」と声をもらした。 「毎日毎日忙しいな。蔵之介の周りは」  海は意味深に蔵之介を見つめるがそれ以上何も言わなかった。蔵之介はなんだろうと思いながら、聞くのも変かと思い黙ってうつむいた。  海はゼノスの懐から手帳を取り出した。内容を確認して、閉じた。 「ゼノスが目が覚めるまで授業は付き合うよ。けど何するとかどこに行くかとかは分からないからその辺はまかせる」  海は蔵之介に手帳を渡した。 「ちょっと手広げろ」  海に言われて手を広げると、襟元から裾、帯をしっかり整えられた。ゼノスより力があるせいか帯がいつもよりきつく締められたが、しっくりきた。 「苦しくないか?」 「うん」  海に頭を撫でられ、海の手首の紐が目に入る。 「それ、その紐ゼノスもつけてたのにさっきのには効かなかったみたいだね」 「そういえば。……でも無かったらもしかしたら首が千切れていた可能性もある。ビアンカのものと考えるとちょっと不満はあるが効果がないことはないだろう」  海は先ほどのビアンカの行動を見たせいで内心苛立ち、敬意を忘れ呼び捨てにしている。蔵之介はそれを見て苦笑するしかなかった。ゼノスが起きていたら、またちょっと言い合いになっていただろう。  蔵之介が座学で授業を受けていると、隣に座っていた海が何かに気付いて立ち上がった。  向かった先にはピーが立っていて、何かを少し話して戻って来ると再び隣に座った。 「どうしたの?」 「ん? プレゼントを運んだ奴と、プレゼントの送り主が判明したって。捕らえているけどまだ城の中に居て裁判中だから一応気をつけろってさ」  プレゼントを意図的に運んだ者がいたのかと蔵之介は手を握りしめた。人間と同じく悪意のあるものがこの世界にもいる。  それは分かり切ったことだけど、事が重なると身の危険を感じざる負えない。  午前中の授業を終え、部屋に戻るがゼノスは意識が戻らずまだベッドで寝ていた。 「ビアンカに言いに行こう。このままだと心配だし」 「ああ、首の傷は回復してるみたいだから問題はなさそうだが、報告だけはしておこう。多分回復の為に治癒糸が体によけいな負担を増やさないよう寝させてるんだ。薬でもよくある副作用だよ」  海はゼノスのマフラーをすこしずらし、覗いた。事件直後は首は内出血とえぐれたせいで真っ赤に染まり痛々しかったが、今は赤みも引き傷もふさがっていた。  海とビアンカがいると思われる王広間に向かった。  そこでは裁判が行われていて、既に処罰が決まった犯人は後ろ手を拘束され連れ出されようとしていた。  蔵之介はかなり遠くからだが、その姿を見送った。 「あの人がプレゼントを運んだ人?」 「だろうな」  海に聞くと軽く肩に海の手が触れた。  それとほぼ同時にビアンカが蔵之介の方へ一瞬目を向けた。  犯人の男はそれに気づき、ビアンカの見た方を見る。そこにいる蔵之介が目に入ったとたん、興奮したように息を荒げた。 「くそ、お前が居るから! お前さえいなければ!!!」  男は叫ぶと皮膚が割け手首の拘束も解けた。それは一際でかい蜘蛛の姿になり、瞬時に蔵之介の元へ走り突っ込んだ。  迫りくる蜘蛛に蔵之介は身を震わせる。海は、蔵之介を抱え天井へと飛んだ。 「あ、うわぁ!」  蔵之介は蜘蛛の恐怖と、高さへの恐怖で叫び、海の服を引っ張った。 「蔵之介、暴れるな」  恐怖で混乱する蔵之介の元へビアンカが飛び空中で海から奪い、床へ着地した。 海も少し離れたところに着地する。蔵之介を抱きしめ、蔵之介もビアンカの首に抱き着いているのを見て海は、軽く舌打ちをした。 「蔵之介。もう大丈夫だ」 「やだ、高いの嫌だ」  蔵之介はビアンカの首元に顔をこすりつける。まるで子供のような蔵之介の頭をビアンカは撫でほほ笑んだ。  蔵之介に突っ込んだ蜘蛛は壁に激突し、壁を破損させその場でしばらくもがいていた。他の者が糸で蜘蛛を拘束した。しかし蜘蛛は抵抗しもがき続ける。何度かけても糸がぶちぶちと音を立てて切れていく。 「切りがない」  キーパーの一人が言って、周りに目配せし五人が蜘蛛を取り囲んだ。五人同時に床へ手をつくと糸が床を伝い、地面から蜘蛛へ鋭利な糸が伸び突き刺さった。蜘蛛はそんな状態でもしばらくもがいていた。しかしそれ以上は動けず人の姿へ戻った。  ビアンカは片手で蔵之介を抱えたままそれを見ていた。 「蔵之介、大丈夫か?」 「……うん」  蔵之介は鼻水をすすりながら言った。  蔵之介は先ほどまで蜘蛛のいた場所を見ると、そこには鋭利な蜘蛛の糸で各所を刺された人の形した者がそこにあった。人のものではない体液と人の血の色の体液が混ざり、糸を伝い垂れていった。その人はピクリとも動かない。  蔵之介は身を震わせ、ビアンカの服を掴んだ。ビアンカは蔵之介の怯えを心音で察して優しく背中を撫でた。  改めて蜘蛛の怖さを実感した。ここでは人と同じく誰かを恨み殺そうとして、誰かが殺される。それが蔵之介に向けられている。  ビアンカにゼノスのことを話して、海と共に部屋に戻った。 「どうして俺を襲おうとする人がこんなに多いんだろう」  さらわれそうになったり、性的に狙われたりした。けどいよいよ命を狙われるとさすがに恐怖の感覚が違った。  蔵之介は少し元気を無くし、今日はもう外に出たくないと言って部屋にこもった。  クリスマスプレゼントを海は開封して、蔵之介にひとつひとつ見せていく。その中から蔵之介が気に入ったものを選びそれ以外は運び出されていった。 「うーん」  海は貰ったものを眺めて、蔵之介に目を向ける。怪訝そうな目で見られ蔵之介は肩をすくめた。蔵之介には何がいいたいのかは察しがついていた。それゆえに困ったように眉を寄せた。 「な、なに?」 「まあ、蔵之介が欲しいって言うから置いといたけど」  海は小さいぬいぐるみを一つ手に取って蔵之介に見せた。 「なんでこんな子供向けの物が多いんだ?気が早すぎるだろ」  海が手に持ったおもちゃは、子供用に売られているおもちゃだった。誤飲防止に余計な装飾品は減らしつつ華やかに見せている。他にも子供向けの絵本や、遊び道具が並んでいた。 「ほ、ほら、俺はこの世界では子供みたいなものだから……」  蔵之介は誤魔化そうと言うが、たどたどしくそれが裏目に出て海は蔵之介にますます疑いの目を向けた。  これ以上言い訳ができない。  蔵之介は隠すのを断念して、海に目を向けた。 「実は……、お腹に子供がいるんだ。ビアンカの」  海はそれを聞いて絶句していた。しかし察しもついていたのであろう。すぐには怒りださず、ぬいぐるみは入れてあった箱に戻した。 「いつだよ」  海は冷静なのか、怒っているのか分からない。背を向けられ表情を伺うことができなかった。 「あの、海が修行に出た日に……」  蔵之介が言うと、海は拳を強く握り震わせた。 「あいつ……俺を追い出したかっただけかよ」  海は怒って部屋のドアを開けた。 「う、海!?」  後を追おうとしたが、海は振り返り。 「部屋から出るな」  と鋭く睨み言って、ドアを閉めた。蔵之介は何も言えず目の前で閉じられたドアに触れ、部屋の中に戻った。  蔵之介はとぼとぼとベッドへ向かい、ゼノスの寝ている横に座った。  海は怒っていた。どうなるんだろう?  多分ビアンカの所に向かっている。ビアンカに掴みかかりでもしたら、海は……。  ビアンカが負けることはないと思うけど、王に手を上げたらどうなるのか想像もできなかった。  やっぱり言わない方がよかったのかな……。  怒らせるつもりは無かった。俺はいつも考えが浅くて、他人を怒らせてしまう。ここにきて叱られることがなくて、安心しきっていた。俺はやっぱり駄目なんだ。  蔵之介の目から涙が溢れた。感情的に泣きじゃくるわけでもなく、自然と溢れていた。  蔵之介はそれを拭いて、ゼノスに目を向けた。  ゼノスの首元に手を伸ばして当てた 「ごめんね、ゼノス。俺が首を絞められるはずだったのに」 「なんで言わなかった!?」  ビアンカの部屋で、ビアンカはソファに座って報告書を確認していた。  しかし、それが海に散らかされ、部屋の中に散乱している。  部屋に入ってきて、突然怒りだした海は説明もなくビアンカの座るソファへ向かい、テーブルを蹴とばした。ビアンカの前に立ち、背もたれに手を置き海はビアンカを威嚇するかのように睨みつけた。 「蔵之介にも黙っておくよう言ったのは僕だ」  何を言わなかったか、その説明が無くても子供のことだろうとビアンカは察してそういった。 「なんで勝手に……」  海は背もたれにしわを残しそうなほど強くにぎり、悔しそうに言うが、王を相手にそれ以上言えるわけもない。いつか蔵之介が子供を作るのは分かり切っていたこと。しかしそれを知らないうちにされたことに腹が立っていた。 「蔵之介はジュブナイルじゃないのか?」 「それも聞いてないのか、アダルトになったんだよ。バードイートに襲われた日の夜。海はバードイートに負けたことで、部屋に閉じこもってたから情報を耳にすることが無かったんだろうな」  海は驚き目を見開いた。 「そんな前……」  バードイートに襲われた日の夜は、ビアンカの部屋の中に居なかった。それを思い出し海はソファを殴った。蔵之介を守るためにいるはずなのに、蔵之介を守ることもできず、勝手にへこんでビアンカからも守ることが出来ず、蔵之介を守るためと言いながら蔵之介から離れた。  どれを考えても自業自得だった。 「……宴は?」  海は思い出したかのように言った。 「宴はアダルトになった祝いだ。そういえば君は参加していたはずだ。なぜ知らないんだ?」  ビアンカは海を見つめた。  あの時、蔵之介が助かった祝いかと思っていた。それにへこんでいたせいか、ぼんやりとした記憶しかない。蔵之介への来客が居た時も遠くから見ていた。声は聞こえたが何を話していたかはっきり覚えていない。取り入ろうとしているのはわかった。しかし、アダルトじゃなくたって蔵之介に取り入ろうとする事をいうなんて普通な事だ。  なぜ気付かなかったのか……。  海は悔しそうに拳を震わせ起き上がり、ビアンカから離れた。 「出産はいつだ?」 「春だよ」 「分かった」  海は部屋を出ようと歩き出す、しかしピーは手を伸ばし海を止めた。 「なんだよ」 「これだけのことをしてそれだけですか?」  海は位置のずれたテーブルと散乱した書類に目を向ける。ため息をつき、書類を拾い、テーブルの位置を元に戻した。 「これからどうするつもりだ?」  ビアンカに聞かれ、海は腰に手を当てた。 「蔵之介を守る。それだけだ」 「具体的には?」 「師匠に言って今日からここに戻る。蔵之介のやってることを知らず、出産間近になって置いてきぼりにされるのは嫌だからな。あの時はどうかしてた。もう腑抜けることはない」  海はそういって部屋を出ていった。 「これはまずいな」  ビアンカはつぶやき、少し考えてピーに指示を出した。 「海を海外に飛ばせないか?」 「それだといざ必要になった時に困りますよ。ここまで忠実に蔵之介様を守ろうとしてくれる人材はそう簡単に見つかる物じゃありません」  ピーに言われ、ビアンカは考え天井を仰いだ。 「これじゃあ蔵之介を自由に抱きしめられないだろ」 「今何か指示を出したとしても、追い出されるだけだと頑として従わないと思いますよ。それに……」  気にせず抱きしめるでしょう?と続けようとしたがビアンカは、報告書をそっちのけで真剣に何か方法がないか考え始めた。ピーはそれを見てため息をついた。  海はヴィンター師の家への道を走っていた。  何事もなく話していた蔵之介は既にビアンカに寝取られ子供を作っていたなんて。  初めてビアンカの元から逃げ出して来た時、高いところから落ちるという話を思い出す。あれは子供への教育だったんだと今更になって気づいた。それを聞いた時点で気づかなかった自分が悔しく、みじめで恥かしかった。何も知らなかった。蔵之介がどんな状況で悩み、苦しんでいたのか。  あの日、蔵之介は泣いていた。ビアンカの元には数日戻らないだろうと思っていたのに、迎えに来たビアンカについてその日のうちに帰っていった。その行動が理解出来なかったが、今なら筋が通る。 「バカすぎるだろ、俺……」 海はそうつぶやきヴィンター師の家の前で立ち止まり、中へ入った。  ゼノスが目を覚ますと、心配そうにのぞき込む蔵之介の顔が一番に目に入った。 「ゼノス!」  顔をきょろきょろさせて周りを見るゼノスを見て、蔵之介は安心して泣きだした。 「ごめんね、ゼノス」  そういいながら蔵之介を強く抱きしめた。 「蔵之介様、どうされたのですか? 私はどうしてここで寝て……」  ゼノスは何があったか思い出せず、きょとんとしていた。 「プレゼントの中にあったマフラーが、ゼノスを襲って首に巻きついたんだ。ビアンカのマフラーをの上からまいたら、それがおさまったんだよ」  蔵之介は涙をぬぐいながら、ゼノスから離れた。 ゼノスはビアンカが蔵之介に送ったマフラーをしていることに気付き、慌てて外そうとする。 「駄目だよ、まだしてて首がまだ治ってないから」 「いけません。これはビアンカ王が蔵之介様の為に作ったマフラーなのに、帽子も貸していただきました。そんな何度もお借りするわけには行きません」  ゼノスは弱々しい声で言う。 「良いから今日はしてて。ゼノスの首に傷跡が残ったら俺、ゼノスと目を合わせられなくなっちゃうから」  蔵之介に強く言われ、ゼノスも断り切れず頷きそのまま巻いて置くことにした。  蔵之介が安心して、ベッドに座るとドアがノックされた。 「誰?」  蔵之介が声をかけると「俺だ、入っていいか?」と海の声がした。怒って出ていったが今は落ち着いているようだ。 「私が行きます」  ゼノスが言って、ベッドから降り靴を履いてドアへ向かった。ゼノスはふらついた様子もなく、蔵之介は安心して立ち上がった。  ゼノスがドアを開くと、海は驚いていた。 「目を覚ましたのか」 「そんなずっと寝てられませんよ」  ゼノスは強がってみせるが、声がまだ出しずらそうだった。海はゼノスの頭を撫で部屋の中へ入る。 「いい心がけだな」  海はゼノスに言って、蔵之介の前まで歩いていき、数歩前で立ち止まり片膝をつき座り頭を下げた。 「海?」  突然のことに蔵之介は驚き、戸惑っていた。 「蔵之介、知らなかったとは傍にいられなくてすまなかった。さっきもカッとなってあんな態度を取ってしまったのは許してほしい。今日からまた俺は蔵之介のキーパーに戻る。前のように負けたりはしない」  海はそういって、立ち上がった。海は真剣な面持ちから笑顔へと変わる。 「これからなんでも相談してくれ。人間界の物でも必要なものがあればビアンカに許可を貰って買ってくる。妊娠をすれば蔵之介は今後動きにくくもなる。動けないと狙われやすくもなれば、傍で守れるキーパーが必要になる。必要があれば俺なら運ぶこともできる、ゼノスにはそれができないだろう?」  ゼノスが急に言われ、ムッとした。 「確かに足は遅いですけど、私も蔵之介様をお運びすることくらいはできます」  ゼノスの小さい体でどう運ぶのかは分からない。しかし、蔵之介は「頼りにしてるよ」と笑って言うとゼノスは嬉しそうに頷いた。 「ビアンカ王にもヴィンター師にも話はつけてきた。時間を見つけたらトレーニングはさせてもらうことにはなるけど、特に気にしなくていい。蔵之介は必要なことをして、自由な時間には好きなことをしていてくれ」  海が言うと、蔵之介は鼻を啜った。気付くと蔵之介は目から涙を溢れさせていた。 「なんで泣くんだよ」  海は飽きれて、慣れたように蔵之介の頭を撫でた。 「ごめん、さっき怒って出ていったからしばらく会えなかもとか、もうキーパーになってくれないかもとか考えてて。海が帰ってきてくれて嬉しいんだ」  蔵之介は袖で涙をぬぐった。 「海は俺のことすごく心配してくれてるし、ビアンカとの関係もすごく気にしてくれてて、妊娠したって知ったら、嫌われちゃうのかなとか。それが理由で口も来てくれなくなるんじゃないかって……思って」  蔵之介は泣きながら言葉を絞り出した。 「どうしてそんなにネガティブなことばっか考えてるんだよ。俺はお前のこと好きなんだからそんなことで嫌うわけないだろ」 「うん」  海は言って、蔵之介を抱き寄せた。蔵之介は頷き海の肩に顔を寄せた。海は少し黙ってため息をつく。 「蔵之介、今の好きっていうのはお前と一緒に居たいってことだからな。ビアンカが見捨てても俺はお前の傍にいるから」 「うん」  蔵之介はそう返事して目を閉じた。 「ビアンカは俺を見捨てたりはしないと思うけど。海は一緒に暮した家族だから。俺も一緒に居られたら嬉しいよ」 「なら一緒にいる」  海は蔵之介の頭を撫でて蔵之介が離れようとするまで抱きしめていた。  海が帰ってきて、数日がすぎ人間の世界では正月を迎えていた。ここでもそれは期間の区切りとして皆休みを取ったり、盛大な行事が行われたりしていた。蔵之介は料理人の作ったおせち料理で正月気分を堪能していた。 「すごいね、おせち料理も作ってくれたんだ」  蔵之介はちょっとずつ並べられたおせち料理を箸でつまみ口に運んでいく。 「お金かかったんじゃない? というか、海は食材買うお金ってどうしてるの?」  海はかずのこをこりこりと噛みながら、目を仰がせた。 「空から降ってくるんだよ」 「どういうこと?」  蔵之介が聞くと海は笑って蔵之介の頭を撫でた。 「蔵之介は高いところが苦手だからどうやって空から降ってくるのか知らないんだな」  蔵之介は少し不機嫌そうに唇を尖らせた。 「高いところが苦手でもお金が空から振ってこないことぐらいしてるよ」  そんな会話の横でゼノスは真剣にお皿の上の伊達巻を睨みつけていた。これなら美味しいからと蔵之介がゼノスに勧めたのだがゼノスはなかなか人間の食事に手をつけられずにいた。 「これ、本当に食べて大丈夫ですか?」 「大丈夫だと思うけど」  蔵之介は海を見る。 「そうだな俺が食べても大丈夫だから大丈夫だろ」 「海さんは……お腹が強そうですし」  ゼノスは言って、食べるに食べれず百面相していた。 「まあ、お腹の強さは人それぞれだからな。でもビアンカ王も同じもの食べてるはずだぞ」  海が言うと、ゼノスは海を見た。 「本当ですか?」 「ああ、同じものが入った重箱をピーが部屋に運んでいったからな」  ゼノスは目を伊達巻へ戻す。意を決して箸を持ち、伊達巻を切り分けひとかけらを口へ運んだ。  真剣なゼノスに思わず蔵之介も緊張して、ゼノスが口に入れる瞬間を見守った。  ゼノスが伊達巻を口に含みぎゅっと目をつむった。数秒たちゼノスは目を開く。 「おいひい」  ゼノスは頬を赤くし、高級食材で作られた高級な食事を口にしているかのような、とろける顔をしていた。 「やっと食べたか」  海が笑いながら言った。 「今まで食べたものの中で一番おいしいです」  ゼノスはぱくぱくと伊達巻を口に入れゼノスのお皿の上は空になった。  そして重箱の伊達巻に目を向ける。 「食べたかったらもっと食べて良いよ」  蔵之介が言うと、ゼノスはハッとして首を横に振った。 「いけません、世話役の身分でこんな風に一緒に食事をとるのも恐れ多いのに、蔵之介様の貴重な食事をこれ以上食べるなんて……」  と言いながらもゼノスは目を輝かせ黄色く、綺麗に巻かれた伊達巻を見つめていた。 「恐れ多いことをもうしてるのに、今更何を恐れるんだよ」  と海は伊達巻を一つとって口に居れた。 「海さんはさっきから食べすぎです!」 「ゼノスが食べないなら俺が全部食べてやるからな」 「これは蔵之介様のお食事です!」  二人が言い合うのはいつものことだった。蔵之介は笑って煮豆を口に入れる。甘くて一つで満足する味が広がる。  海が戻ってきてからこんな言い合いが毎日一度は起きる。言い合っても気付いたら仲直りしているので、蔵之介は慣れ黙って見守っていた。  年が明け三が日が過ぎると、蔵之介の教育は再開された。  数か月が経ち、暖かくなり始め桜が咲く季節。蔵之介のお腹は大きくなっていた。 「あーひまぁ」  蔵之介はベッドに上半身を預けながら座っていた。お腹が膨らんできていて起き上がっているのがしんどい。けどずっと寝ているのもつまらなかった。

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