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斯く斯く尋ぬ
すすり泣きがようやく落ち着いてきたのを見計らって、烏丸は新美を引き剥がした。泣いている間ケープをしっかりと握りしめていたようで、涙の跡ともにしわがついている。
「落ち着きましたか」
声も表情もすっかり元のトーンに戻っている。先程の優しさはイレギュラーだったのだろうか。
背中に残るわずかな温もりと、それが冷えていく感覚が、烏丸の手で撫でられていたことを伝えてくる。加えて目の前で涙を見せてしまった気恥ずかしさもあり、バツが悪い。体面を保つために不機嫌を露わにするのが精一杯だった。
「……もう、大丈夫だから、適当に報告しといてよ」
「そういう訳にはいきません」
「あんたのまいた灰のせいで秋白 は消えた。妄想だか悪霊だか知らないけど効果があったってことだろ。解決したんだ、もう放っといてくれよ……」
「言ったでしょう、まだ終わってはいないんですよ。せめて問診だけでも先に」
「俺にその意思がないって言ってんだよ」
「再試験はどうするんです?」
ぐ、と言葉に詰まった。四角四面な態度のくせになんて嫌なところを突くのが上手いんだ。
正直試験どころではなかったが、親に無理を言って一人暮らしを始めた手前、不正を疑われて設けられた再試験をすっぽかすというのは心証が悪い。加えて単位を落とせば、実家に強制送還は免れないだろう。
(まだ終わってないってことは……秋白が俺のところに帰ってくるかもしれないんだ。それに俺が『願えば』、多分、こいつを追い返せる)
「……今日は問診だけ?」
「ええ」
新美からこの返答を引き出すことが出来て、烏丸は安堵した様子を見せた。いくら表情が変わらないと言っても、新美の頑固さには流石に手を焼いていたのだろう。
ソファにかけるよう勧め、テーブルを挟んで烏丸自身も椅子に座った。
既往歴や生育歴、現在服用している薬、家族構成……細部を除けば入院時に看護師が聴取しに来る事柄によく似ている。てっきり最初から、悪魔に関連する質問を延々されるのだとばかり思っていたので少々面食らった。「医療との二本柱」というのはあながち嘘でもないようだ。
「ふむ。小学生の頃ご両親が離婚し、お母上の故郷に移り住んでいたが、大学進学を期に一人暮らしを始める。12歳頃に火事現場を見に行って出来た熱傷以外は入院歴もなし……」
「あのう、俺もう帰っても?」
「少し待ってください」
烏丸はカバンから名刺を1枚取り出して、新美に持たせた。
先程の忘れ難い程の胡散くさい団体名と、烏丸のフルネームが印字されている。裏にはエンボス加工で何かの文字が施されているようだ。
「捨てないでくださいね。明日も使いますから」
「明日もあるのか?!」
「当然です」
今一度名刺をしっかりと新美の両手に包ませて、その手を更に烏丸の手が包み込む。驚いて烏丸を見ると、デフォルトの真面目顔だった。
「出来れば肌身離さず持っていてください」
烏丸の行動はいちいち大仰で距離が近い。自分が意識し過ぎているのもあるが、北鹿渡秋白 以外の者との付き合いが極端に少ない新美にとっては、何か別の意図があるように見えてしまう。
無言の上雑な手つきで名刺を受け取ってしまったが、烏丸はそれより名刺をしまう場所が気になるようだった。スマートフォンのカバー裏に仕舞い込むと、満足したように一度頷いたので、問題ないらしい。
「あんたってさ……」
「烏丸です」
「烏丸さんさ、もっと人を信用させるような言い方出来ないわけ?」
「言い方が気になりますか?」
「ただでさえ団体名も活動も胡散くさいんだからさ。もっと耳触りのいい言葉を選んだ方がクライアントにも信用してもらえると思うけど」
「ふむ。上申しておきましょう。だけどね新美さん、耳触りのいい言葉ばかり操る人というのも、私としては信用に値しないと思います」
厳しいことばかり言ってくる詐欺師もいるじゃないか、という言葉は飲み込んだ。人生経験の乏しい自分には、とてもじゃないがその判別は無理だ。まあ、大学ぐるみで関わっているのだから、不当な金銭を要求されたら大学にナシをつけてもらうとしよう。秋白が戻ってくれば、あんな奴とはおさらばだ。
新美の肚の内など知る由もなく、烏丸はあっさりと帰してくれた。
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