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然然話す
結局一睡もできないまま、日が高く昇るのを眺めることになった。秋白 はどこにいるのだろう。こちらが秋白のことを考えるといつの間にか現れるので、烏丸 の言うように、自分の妄想である可能性は十分にある。
(だけど……あの「窓」から見えた姿はどうなる。あんなの、俺の記憶から抽出して作った姿とは思えない)
秋白について思考すると彼を呼び寄せてしまうような気がして、縋るような思いで名刺を探る。
名刺に書かれていた番号にかけると、ワンコールで烏丸が出た。
「烏丸さん、あの……新美です」
「新美 さん? どうしましたか」
「深夜、秋白が来た」
一瞬の間の後、そうですか、と静かに返ってきた。昨日までの自分だったら、「人が真剣に相談しているのに何だその態度は」などと思っていたかもしれない。けれど今は、その揺らぎを見せない態度が頼もしかった。
烏丸の鉄面皮は、こんな時相手を動揺させないためのものでもあるのだろう。あんな態度をとったりして悪かったなと、今更ながら申し訳ない気持ちが湧く。一瞬だけ見せた悲しそうな表情といい、新美はもう烏丸を嫌な奴だとは思わなくなっていた。
「もう大分時間が経ってしまいましたが、そこには長く留まらない方がいいでしょう。今から言う場所に来れますか」
指定された場所は、廃墟と見紛うような古いカラオケボックスだった。
自動ドアらしき形状のくせに、「手動です」と書かれた紙が貼ってあるという雑すぎる佇まいと、汚れたガラスの内側にいる店員らしき人間が、今も生きている店であると証明している。恐る恐る中に入ると、やる気のなさそうな店員がスマートフォンの画面から顔を上げた。
ジュースを適当に注文し、店員から教えられた番号の部屋へ早足で向かった。ピンクや紫のいかがわしい照明とミラーボールが照らし出す男は昨日と同じ神父服を着ていた。
どう考えてもこの場所には相応しくなかったが、烏丸を見た途端に、恋慕にも似た安堵感が溢れた。初めて会った時と変わらない厳然とした態度が今は頼もしい。
「烏丸さん」
「早かったですね」
入ってから気づいたが、部屋は何かを燻 したような匂いが微かに漂っていた。昨日見たオガラの灰だろうか。それなら恐らく秋白が来ることはないだろう。
背後が気になりつつも少し安心して扉を閉めた。
少人数用の個室では向かい合って座ることができないので、テーブルの角を挟んで烏丸の横に座る。
友人よりも親密な距離のような気がしてなんだか恥ずかしい。カラオケに行ったこともなければ秋白以外の友人がいたことも久しくないだけに気まずさが増す。
そんな新美の肚の内を知ってか知らずか、烏丸はまっすぐに目を見据えて話しかけてくる。
「さて……昨日私が『こっくりさん』をやったかどうか、尋ねたのを覚えていますか?」
「覚えてるけど……そもそも『こっくりさん』って何? エクソシストと何の関係があるんだよ」
ここに来て烏丸は初めて少し驚いたような表情を浮かべた。それでも仕草や口調に大きな変化はない。
新美に首だけを向けていたが、上半身ごと向き合う姿勢に座り直す。
「一つ一つお話ししましょう。『こっくりさん』とはある方法によって狐の霊を呼び出し、質問をすればそれに答えてくれる占いの一種です。地域差や世代差もあるようですが大抵『はい・いいえ』、鳥居のマーク、五十音・数字が書かれた紙と10円玉を用意し、『こっくりさん』を呼ぶのです」
説明の途中から思い当たることはあった。これは自分と秋白との意思疎通の手段そのものだ。これが「こっくりさん」を呼び出すプロセスだとすれば……秋白と会話をするためだけに、何度も行っていたことになる。
かろんと音を立てて、ドリンクの氷がバランスを崩す。冷房の効きが悪い。それにも関わらず、末梢も体幹もじわじわと冷えていくようだ。
「誰も動かしていない10円玉が勝手に動く原理は不覚筋動と言って、それと『こっくりさんを喚 ぶ』状況のバイアスが……まあそれはいいでしょう。多くの場合はそのような心理学的用語で説明がついてしまいます。
もう一つは『なぜこっくりさん如きでエクソシストが派遣されるのか』でしたね。これはこちらの業界の話なので一般の人々が知る由もないのですが」
「業界って……」
「タロットや種々の占いなど、一見特に問題ない活動が呼び水となり、悪魔への道筋をつけているのです。韓国では分身娑婆 、台湾では碟仙 、日本では、『こっくりさん』……
ブームを過ぎた後も細々と口伝 されていくそれのせいで悪いものにとり憑かれる人々が後を絶ちません。しかも妄想か悪霊か判断が分かれるものばかりときている。しかし高位のエクソシストは更に強大な悪魔と戦っており、こんな小さな島国の悪魔憑きや狐憑きなど意にも介されない。
エクソシスト不足のため状況は逼迫しています。だから私のような辺境地配属の下級のエクソシストが派遣されることになったというわけです」
「こっくりさん」という一種の降霊術を行ったせいで何者かにとり憑かれ、烏丸が派遣されることになった理由は大体わかった。
問題は「新美にとり憑いているのは何か」だ。
「あれは秋白じゃないのか?」
「分かりませんが……あなたと『秋白』なる人物の関係を知れば、何か手がかりがあるかもしれません」
返事に詰まっていると、膝に置いた手に烏丸が自分の手を重ねてきた。
「話してくださいますか」
からかっているならその場でテーブルでもひっくり返してやるところだが、案の定というか、烏丸の目には一片の曇りもない。これで詐欺師なら大した演技力だ。
「……あんたのこと、全部信用したわけじゃないからな」
「構いません」
我ながら詐欺師がにんまりほくそ笑みそうな台詞だ、と思うが、遅かれ早かれ死ぬ身だ。最後に恥のかき捨てと思い、新美は一口、薄くなったドリンクを吸った。
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