2 / 56
第1話
「すみません、遅れました!」
スタジオに飛び込むなり、マネージャーの真雪 さんと一緒に深く頭を下げて謝る。
急いだけれど5分でも遅刻は遅刻だ。
スケジュールの合間にねじ込んだ病院が思ったよりも時間がかかり、その上近所の道路が軒並み突発的な工事をしていてなかなか辿り着けないという事態。運のなさもあるけれどやっぱりプロとしては恥ずかしいミスだ。
アイドルたるもの時間通りどころか前に前に行動してこそ、というものだろう。
「いえ、大丈夫ですよ。事前にお伝えしたとおり実はこちらも少々押しておりまして。こちらこそ申し訳ありません」
けれど僕を迎えた雑誌の取材スタッフさんは、そう言って頭を下げた。
どうやら今日は撮影が立て込んでいて、前の前の撮影が機材トラブルで押したことでドミノ倒しのように遅れていっているらしい。
事前に説明されてはいたけれど、それと僕が遅くなったのは関係がない。反省して今後こんなことがないようにしないと。
「ああ、でも那月 さんの撮影が早くてもう終わりそうなので、もうすぐ撮影に入れると思います」
それでも一応撮影自体には間に合ったらしい。
今現在スタジオで撮影中の彼には色んな意味で見覚えがある。仕事の面でもそれ以外でも。
那月朔也 。
ワイルドでセクシーという、僕と対極の場所にいるようなミュージシャン。
ドラマの主題歌になったりCMに使われたり、多くの人が一曲は聞き覚えのある曲があるだろう売れっ子。
そしてもしかしたら歌より有名なのが、彼が女性週刊誌の常連だということ。
いわゆるスキャンダル記事が多い人で、見るたび違う相手と噂になっている。相手は様々で、変わる頻度も早い。とてもモテる人なのだと思う。
「あまり彼には近づかないように」
そうやって真雪さんが僕だけに聞こえる声で囁き、僕は神妙に頷いた。
それはスキャンダルだらけの人であるということはもちろん、彼が「アルファ」だからだ。
生まれた時からエリートと呼ばれる優れた能力を持つアルファは世間的には数が少ないと言われているけど、芸能界にはその割合が多い。
だからこそ僕にとっては気をつけるべき存在だったりする。
「先にメイクをしていただいて、その後に上の方で衣装に着替えていただく形で。荷物はそちらに置いてください」
「はい、お願いします」
案内されたのはスタジオの端にあるメイクルーム。鏡とイス、そして小さなテーブルがあるだけの最小限のスペースだ。テーブルの上には誰かの荷物がいくつか乗っていて、僕もその端にリュックを置いた。
倉庫型のスタジオは最大限に撮影部分を取るためか、他の場所が追いやられているらしく、着替えは上のロフト部分でするらしい。そこに上るための階段が豪奢な螺旋階段なのは、そこも撮影に使えるようにだろう。
「天河さん、相変わらずお肌キレイですね。なにか特別なことしてるんですか?」
鏡に映る自分の顔は、お世辞にも男らしいとは言えない。今は明るく染めている髪も、一度短く切った時に「頭が小さすぎて似合わない」という感想をもらってからはいかようにも変えられる少し長めのスタイルを保っている。
どちらかと言えばすんなり薄めの顔である僕は、濃いめのメイクが似合わないからいつも用意が早い。それにしても、改めて顔の作りからしてワイルドモテ男の那月さんとは正反対だな。
「あ、実は前に教えてもらった化粧水使ってます」
「え、本当に使ってくれてるんですか!? 嬉しいです」
「使いますよー。肌に合うみたいで調子いいです。あとは普通に乳液と保湿してるくらい、ですかね」
「えーでも普通はそれだけじゃあすっぴんでこんなに王子様にならないですよ。ずるいです」
「ふふふ、実は前の仕事のメイクが残っててすっぴんじゃないのでズルしてますけど」
「いや、してるってほどしてないですよね」
既知のメイクさんと楽しくお喋りしながらメイクをしてもらう。その後は移動して衣装に着替えて、と移動しようとして終盤であるらしい撮影にちらりと目をやった。
「……!」
その瞬間、ライトの真ん中に立つ彼と、ばちりと音がしそうなほど強く視線がかち合った。歯車が噛み合ったかのようなかち合い具合。
驚きつつもすぐに我に返って、数瞬止めていた息を吐き出してから慌てて足を進める。
僕がコンサートでみんなを見ようとする視線と正反対の、一人だけを射抜くような視線。
撮影が早いはずだ。
あの視線をカメラに向ければ、それだけでもう一枚の画になる。
まるでどうしたら自分の黒髪が艶っぽく見えるか、どう首を傾げたら視線を集められるか、ライトの当たり方もカメラの向こうの景色も、すべてがわかってるみたい。
撮影が本業じゃないだろうに、そういうところは見習いたいなと思いながら、僕は服を着替えるために階段を上った。
ともだちにシェアしよう!