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第1話

「着きましたよ」 「ふぁい」  無事撮影が終わり、帰りの車の中で熟睡していたらしく、家の前に着いて真雪さんに起こされた。  抱えて枕にしていたリュックの肩ひもをまとめて肩にかけ、後部座席から這うように出る。寝ぼけて頭をぶつけるたびに、人より高い身長を自覚させられるからここばかりは慎重にいかないと。身長だけに。 「お疲れ様でした」 「お疲れ様です。明日は10時に迎えに来ますので」 「はい、それじゃあ」  明日の予定を確認して、手を振って車を見送ってからエントランスへ向かう。  眠いけれど、シャワーを浴びて台本に目を通さないと。今度のスペシャルドラマ、1シーンのセリフ量多かったし、ああでも先に今度の取材のアンケート答えなきゃ。 「……ん、あれ?」  帰ってからのことをつらつら考えながらリュックの中から鍵を取り出そうとして、今さら気づく。  ポケットの位置が違う。というかよく似ているけれどこれ僕のリュックじゃない。 「え、あれ」  誰かのリュックと間違えたのか? でもあそこには他に荷物は……いや待てよ。撮影が終わった後にはなかったけれど、最初に置いた時に似たような黒いリュックがあったかもしれない。  すぐにメイクに入るため、あまり考えずに置いてしまった。まさか同じような荷物があったなんて。  それじゃあ先に出た誰かが間違えて持って行ってしまったんだろうか。  せめて車の中で確認していればもう少しなんとかなっただろうに。  とりあえず真雪さんに電話、と思いかけて歯噛みする。スマホはリュックの中で、そのリュックは今僕の手元にはない。  それならばこれは一体誰の持ち物だ? 「……開けていいのかな」  人のリュックを開けて中を見ていいものか、わかったところでどうしたらいいのか。  そんなことを迷いながらも、ひとまずなにか手掛かりをと思いきってリュックを開けた。 「持ち主さんすいません。せめて連絡先を……うわ!」  財布があれば免許かなにかで持ち主がわかるかも、と手を入れたタイミングで指先に触れたスマホが震えて必要以上に飛び跳ねてしまった。まるで悪さを咎められた子供の気分だ。  胸に手を当て動悸を押さえつつ改めてスマホを取り出すと、画面には「俺」という表示が出ていた。 「も、もしもし?」 『あーやっと繋がった』  耳に直接流れ込んできた声に、思わず背筋が震えた。  電話越しでわかる、低く、けれどよく通り響く少し不機嫌そうな声。 『そちらどちらさん?』 「あの、天河です。もしかして、那月さんですか?」 『当たり。やっぱリュック間違えたらしいな』  その声に引っ張られるように出てきた名前を問うと、あっさりと肯定された。  やっぱり那月朔也さんだ。  どうもこのスマホは仕事用のもので、今はプライベート用の電話からかけているらしい。リュックが違うと気づいてから何度もかけていたけれど、マナーモードになっていた上に僕が熟睡していたせいで気づかなかったようだ。申し訳ないことをした。 『今、家?』 「家の前で入れなくて立ち尽くしてました」 『マネージャーは?』 「帰ってから気がつきまして」  並べれば並べるほど自分の情けなさが浮き立つ。自分の家のエントランスで家に入れないまま人のリュックを抱えて人のスマホで話して、一体なにをしているんだ。  ツイてない、と嘆きそうになって、自分に原因があることを忘れちゃいけないと思い直す。小さなミスが積み重なって大きなミスになるように、運のせいにしないでちゃんと気をつけなければ。  それでも思わずついてしまったため息を聞き取られたのか、電話の向こうからは微かな笑い声。  さすがミュージシャンだけあって、そんな小さな笑い声さえ心地よく響く。 『そっか。じゃあ天河くん、住所教えて。届けに行くから』 「え、でも悪いですよ」 『いや俺も荷物ないと困るんで』 「あ、そうでした。じゃあ……」  身動きの取れない僕と違ってどうやら那月さんは身軽らしい。  家の住所を伝えると復唱されたから、確認かと思いきやすでにそれは出発の合図だったようだ。 『今タクシー乗ったからちょっと待ってて』  行動も早く頼もしく。  ちょっと怖い見た目と悪い噂とは違って、どうやら那月さんはいい人らしい。  ……そう思ってほっとしたけれど。  自分のミスがとんでもない事態を引き起こしていることに気づかされるのは、そのすぐあとだった。

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