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第3話

 体調が悪くないこともあり仕事はいつも通り順調に終えたその夜、インターホンの音にびくつく時間がやってきた。  仕事を終えた連絡をして程なく、軽やかに鳴ったインターホン。それに応えるためモニターを確認して通話のボタンを押す。 『来た』  もちろん映ったのは招かれざるも招かざるを得ない相手。  短い一言と、変装のつもりなのかかけていた黒縁の眼鏡をちょいっとずらす仕草。それがやけに決まっていて、僕はため息をついてエントランスの自動ドアを開ける。  仕事終了と一緒に今日はヒートの予兆がないということも伝えたけれど、来訪の予定は変わらなかったようだ。 「お疲れ」  当たり前のように家に入ってくる那月さんは、まるで慣れ親しんだ友達の部屋にでも来たかのよう。  玄関で止めようとする僕の横をすり抜け、普通にリビングに向かうから仕方なく玄関の鍵を閉めてその後を追う。  なんで僕が那月さんの背中を追いかけなきゃいけないんだ。 「さっきも伝えましたけど、まだそういう感じじゃないんで来ても無駄ですよ」  いくら友達っぽく来たって、この人は僕の秘密を握って脅してくる人で、目的はオメガのヒートで。  メッセージ上でははっきり書けないものの、わかるようには伝えたはず。だから今日来る必要なんてないのに。 「そもそもどうなったらヒートだってわかんの?」  僕の言葉を聞いているのかいないのか、帰る気はないらしい那月さんは、ソファーに脱いだジャケットをかけて早くもくつろぐ姿勢だ。 「どうなったらって……大体毎月同じくらいの日に、なんかちょっと熱っぽいなと思って、もやもやそわそわしてぐわーっとなったら薬飲む感じです」 「突然の小学生並みの表現。どうした語彙力」  手招きされ、やっぱり斜め前のソファーに腰を下ろしながら少しだけ考え込む。 「説明できないんですよ。正直、僕にもよくわからないですし」  どうなったらと言われても、本当にそのままの言葉通りとしか言いようがない。大体今頃になると熱っぽくなって頭がふわふわしたり体が落ち着かない感じになったら薬を飲む。そうするとそれが治まる代わりに若干の体調不良を覚える。  一週間近く続くその体調不良をなんとか誤魔化し、極力アルファを避け、決してオメガのフェロモンをまき散らさないよう注意する。それが僕のヒート期間。  オメガとわかってからはずっとそうやってきたから、それ以外の感覚を知らないし説明できない。 「もしかして、お前ちゃんとヒート体感したことないの?」 「ちゃんとって」 「ムラムラして、あれやこれやを誰でもいいからしまくりたい、みたいな」 「……誰でもって、那月さんじゃないんですから」 「失礼な。俺だって相手は選ぶぞ。顔とスタイルがいいのは大事だ」  選んではいるけれど、偉そうに言うことでは決してないと思う。  そして正直僕にはそういう体験がない。オメガだとわかる前から仕事をしていることもあって、一日中薬も飲まずにヒート状態に身を任せたことがないんだ。だから那月さんが言うような状況は実際のところよくわからなくて、那月さんの求めることも本当のところは実感できていない。  まあ、ただ頭か体のどこかがわかっているから今まだヒートが訪れていないのかもしれないけど。

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