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第3話
「え?」
「合鍵くれ」
「……なんで渡さなきゃいけないんですか」
「ヒート期間に入ったらいちいち開けてもらうの面倒だろ」
合鍵って、こんなにさらりともらおうとするものだろうか。
ドラマだともっと後半になって1エピソードの最後にやりとりするものだろう。それを面倒だからという理由でくれと言えるこの人は一体普段どんな生活をしているんだ。
「今さらなにを警戒してんだよ。ヤることは決定してんのに」
反射的に警戒を強めたのを気づかれて呆れられる。その上で這い寄るように迫られて、しりもちをついてしまった。
「ヒートの時のオメガとして以外、興味ないから安心しろよ王子様。そんなに飢えてねぇよ」
「いたっ」
怯える僕のおでこにでこぴんをして、立ち上がってソファーに戻る那月さん。
それはそれで人としてどうなんだと思わなくもない。けれど言ったら言ったで自分が追い込まれそうだからその件に関しては口をつぐむ。
代わりにおでこを撫でながら那月さんから距離を取った。本当に、なんで自分の家でこんなにびくびくしなきゃいけないんだ。
「そうですね。那月さん彼女いますもんね。でも、だったら余計ダメですよこんなことしちゃ」
「いや、今フリーだけど」
「え、だって」
「週刊誌で見た? それともネットニュースか?」
相手が常に変わるというだけで彼女がいるというのは当たり前の事実だと思っていたから、簡単にそれを否定されてあんぐりと口を開けてしまった。
「ああいうもんが与太話だってのは、書かれる側のお前ならわかるだろうが。……いや、まあ書かれないタイプなんだろうけど、お前みたいのは」
「いや、フェイクニュースがたくさんあるのは知ってますけど……いないんですか?」
「会ったこともないのが3割、会ったことしかないのが4割、2割が知り合いで、ホントは1割もない」
「じゃあ本物の那月さんは全然遊んでないってことですか?」
「全然遊んでないとは言ってない。ま、だから書きやすいんだろうな」
メディアで作られた姿が全部本物だとは思わないけれど、それでも那月さんはチョイ悪というか、モテて当たり前の人だと思っていたから意外だ。
「むしろ王子様が裏表なしに爽やか真っ白な方が驚きだわ」
そして僕が那月さんのイメージとのギャップに驚いたのと同じように、那月さんは那月さんで僕にイメージがあったらしい。いや、むしろなにもないことに驚いているのか。
「彼女とか彼氏とかセフレとかいないわけ?」
「だって僕アイドルですよ?」
アイドルってそういうものだろう。
そんな単純な事実を口にすれば、那月さんは心底驚いたように目を白黒させた。それから額に手をやりしばし天を仰いで、黙ったと思ったら笑い出した。
「なんですか。なんでそんな笑うんですか。アイドルですよ、僕」
「そうだな。そうだった。じゃあアイドル天河朝陽にとって、俺が初めてのスキャンダルだな」
光栄だ、と両手を広げておどけて見せる那月さんに、僕はただただ深くため息をついたのだった。
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