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第4話

 次の日の仕事終わり、僕は帰ってきた家の中でだいぶ理解できないシチュエーションに遭遇した。  なかなかある経験じゃない。だからといってこれが後日なにかの役に立つといったらそうでもない。 「なにしてるんですか」 「よう、おかえり。小腹が減ったから軽く食おうかと思って」  まるで自分の家かのようにナチュラルにキッチンに立つ那月さんに、唖然として問いかければ余計混乱する言葉が返ってきた。  今日は体調も悪くないし、あまり早くに家に帰りたくなくてジムに寄ってシャワーを浴びて帰ってきた。すると辿り着いた家の中にとてもおいしそうな匂いが漂っていたんだ。  だから驚いてキッチンを覗くと、ワイングラスを片手に料理をしている那月さんを見つけた。  なんとも自然で、当たり前みたいな光景に違和感しか覚えない。 「お前んちなんにもないのな。パンとワインだけは持参して正解だったわ。食うか?」  そうやって指し示されたのはスキレットの中のアヒージョ。  ……普通家主のいない家に入って勝手にアヒージョなんて作る?  せめてもうちょっと軽い……いやそもそも勝手に料理していること自体おかしいんだ。つっこみどころがありすぎて、普段つっこみじゃない僕にはどこから手をつけていいのかわからない。 「その様子じゃ今日もまだな感じなんだろ? いつものキラキラ爽やかフェイスだもんな」 「誰かさんのせいでわりとどんよりフェイスな自覚あるんですけど。……お察しの通りなんともないです」  ヒートはまだ来ていない。こういうとき、残念というべきか幸いと言うべきか。  いい加減焦れるか飽きて那月さんが諦めてくれるのが一番早いんだけど、この様子じゃ意外と気長なのかもしれない。 「で、どうする? いらないなら食っちゃうけど」   秘密をバラすと脅してきている相手の差し出すものを食べるのかとか、こんな時間に油を取っちゃダメだとか、馴染んじゃダメだとか色々ダメな理由はある。あるけれど。 「う……」  言葉で答えるより先に、お腹がくぅとわかりやすく鳴った。それを聞いて那月さんが噴き出すように笑う。 「嫌な顔してても体は正直だな」 「変な言い方しないでください」  夕飯を食べたのはだいぶ早かったし、仕事終わりに運動してお腹が減っていただけ。そこに食欲を誘う匂いが漂ってきたんだから、反応してしまうのは仕方ないじゃないか。  それをわざといやらしい言い方をするものだから、やっぱりいりませんと断って手洗いをしに洗面所へ向かう。その背に那月さんのわざとらしい声がかけられた。 「お、意味はわかるのか」 「僕のことなんだと思ってるんですか」 「俺が秘密を握ってる王子様」  ものすごく軽く秘密のことを持ち出されて閉口する。よくそんなフランクに人を脅せるな。  それになんだって人の家で料理してるんだろう。暇なのかな。そんなはずないんだけど。  そんなことを考えながら手を洗って戻ってきたら、テーブルの上にはもう食事がセットされていた。

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