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第4話

 アヒージョがスキレットごとテーブルに用意され、トースターで焼かれたスライス済みのフランスパンが添えられている。  どこからグラスを出したのか、ワインまで注がれていて思わず優しいと思ってしまったけれど、そもそもの状況のおかしさに首を傾げる。 「……いただきます」  それでもせっかく盛ってもらったものだし、お腹は空いていたから手を合わせていただくことにした。  つやつやのオイルに温かいパンを浸して一口。 「あ、おいしい」 「ん、なんだって? 聞こえなかった。大声でもう一回」  自分用のワインを片手に、わざとらしくリピートを求めてくるからたっぷりオリーブオイルをつけたパンを頬張ってよく味わってから飲み下した。 「すごい悔しいんですけど美味しいです」 「だいぶ余計な言葉入ってたけどまあ良し」 「どうやって作ったんです、こんなの」 「いや冷蔵庫覗いたら飲み物しか入ってないし、冷凍庫の奥にガチガチになったシーフードミックス見つけたのと、いかにも使い道に困ってますって感じのオリーブオイル見つけたからそれで適当に」  正直なところ料理はほとんどしないから食材という食材は冷蔵庫に入っていない。飲み物とゼリー飲料が冷えているくらいだ。それこそ那月さんの言ったとおり貰いもののオリーブオイルをどう使ったらいいかわからなくて何回かサラダにかけたくらい。  ついでにいうとスキレットも貰いもので、これもどう使っていいかわからなくて丁寧に箱にしまったままキッチンの棚に置いてあったものだ。  それをこういう形であっさり使いこなしているあたりは素直に尊敬する。  ただ、それがすべて僕の家で僕の承諾のないまま僕がいない間に行われたことが、その尊敬をチャラにするくらいにはおかしい。 「料理上手なんですね」 「見直したか?」 「そりゃモテるんだろうなって」 「見惚れたか」 「僕もうちょっと那月さんの自信の持ち方を見習った方がいいとは思いました」  頬杖をつき、ワイングラスを傾けて自信ありげに微笑む姿はかっこいいとは思うけど。  どんな状態でも強く自分を持っているのは見習うべきかと思いつつも人としては見習いたくない。 「一応、今さらだけどカロリーとか油とか塩分とかだいじょーぶ?」  世間的には夜食に当たる時間。そこで食べるには明らかにカロリーが高いのは見てわかる。 「んー僕食べてもあんまり太らないんですよね。すぐお腹空いちゃうし。それに美味しいものを残すの嫌ですから」  食べても太らないけど、その分鍛えてもしっかりとした筋肉もつかない。大食いしても体重も体形も変わらなければ肌にもそれほど影響が出ないのはなんの体質なのか。  人に話せば羨ましいと言われるけれど、熱心にジムに通ったところで体形に変化がなさすぎるのはそれはそれで悩みでもある。  特に那月さんみたいな人に会って力の差を思い知らされると、改めて自分がオメガであることを感じる。いくら隠していても、アルファのようだと思われていても、実際はどうやったってオメガであることに変わりはない。  まあ、それこそ今さらの話だ。いちいちへこむことじゃない。 「消費カロリーが間に合ってないんじゃねーの? 保つのにカロリー高そうだもんな、お前の体」 「どういうことですか、それ」 「顔面、スタイル、高身長、キラキラにこにこ。ハイスペックなパソコンが電気食うのと同じ」  若干食べるペースが落ちた僕をよそに、マイペースにワインを自分のグラスに注ぐ那月さん。その口から何気なく放たれた言葉は思いもよらないもので、思わずまばたきを繰り返した。 「面白い見方ですね」  自分にはない見方だ。どちらの意味にも取れるけど、僕はポジティブに受け取っておこう。だってなんだかその考え方って前向きだ。

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