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第5話 お兄さんと遊ぼう
「よう。あいにく馬車は売り切れだったけど許せ」
次の日、仕事終わりに本当に那月さんが迎えにきた。
しかもわざわざ僕の家とは少し離れた場所に、車で。車が来るまで待つ間もなかった。
「早く乗りな。キラキラオーラが目立つ」
一泊分の荷物とはいえ着替えが入っているだけのバッグ一つでなにも目立つ格好はしていない。けれど急かされて車に乗り込むと、僕がシートベルトをするのと同時にすぐに走り出した。
普段は後部座席に乗っているせいで助手席は景色が違ってそわそわする。
前がよく見える。知っているはずの景色が目の前に広がるとまた違ったものに見えて、よくできたゲームをしている気分になった。
そして隣の運転席もよく見えて、しげしげとその姿を観察してみる。
「那月さん、なんかいつもと感じ違いますね」
どうやら普段から車に乗っているらしく、余裕のある横顔は妙にかっこよく見える。僕も一応免許は持っているけれど、あまり乗っていないせいで撮影じゃなければここまで余裕でいられない。
そんな今日の那月さんの姿は、薄いグレーのパーカーに緩めのデニムにスニーカー、そして黒いハット。髪も顔を隠す感じに下りた前髪のせいで印象が違って見える。
いつもはどちらかというとワイルドな感じの印象だけど、今日は近所の気安いお兄ちゃんという感じだ。
「お前が変装無理そうだったからな」
「普段もわりとこのままなんですけど、まずいですか?」
「目立つ自覚を持て。でもって、せめてこれぐらいしとけ」
目線は前を見たまま、放り投げるように渡されたのは最初の日に見た黒縁のメガネ。度どころかレンズさえ入っていないただのフレーム。変装用のオシャレメガネだ。
とりあえずかけてみれば、チラ見してきた那月さんに微妙な顔をされた上で「まあいいや」と肩をすくめられた。ギリギリ及第点といったところだろうか。
「……で、どこ行くんですか?」
「遊びに行く」
変装の下手さはさておいて。
出発してなお目的地を知らない僕の問いに、那月さんは前を見たまま至極端的に答えた。
那月さんの遊びとは、という新たな疑問が浮かんだけれど、乗りかかった船ならぬ乗ってしまった車だ。
着けばわかるだろうと質問を諦める僕に、那月さんは満足げにカーオーディオを操作して音楽のボリュームを上げた。
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