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第5話

 行先不明のドライブの末、到着したのは旅館だった。  けれど普通の旅館ではない。 「なんか……いやらしいですね」 「なんでだよ」  車で直接部屋まで行ける旅館なんて初めて知った。しかも離れというか、孤立した建物というか。  チェックインも部屋まで仲居さんが来てしてくれるし、どうやら温泉もついているようで大浴場に行くこともなさそう。  つまりここなら泊まっている間は誰にも見られないし会いもしないということだ。  そうか。那月さんはこういう場所をデートに使うのか。さすがだ。 「なんか感心してるけど、女は連れ込んでないからな」 「え、でもデートに使うんじゃないんですか?」  雅な和風の部屋はセットみたいに豪華で、だけど華美ではない落ち着いた造り。畳や木の匂いがすごく良くて、思わず大きく息を吸い込んでしまう。  静かでムードもあるし、誰にも見られないならてっきりこういうところでデートするものかと思ったのに。 「たまに一人でのんびりリフレッシュしたいときに来るんだよ。まあ普段はもっぱら都内だけど」 「都内でホテルに泊まるんですか?」 「そ。こういうところに来られないときは、都内のちょっといいホテルに泊まって旅行した気になんの。環境変えると色んなものの見え方も変わるし、意外といいリフレッシュの方法なんだよ」 「……那月さんもそういうときあるんですか」 「あるに決まってんだろ。意外そうな顔するなよ」  意外そうな顔をするなと言われても意外だ。  一人でいたいとか、のんびりしたいとか。  なんとなくそういう気持ちとは違うところにいるのかと思っていたから、人並みな悩みに失礼だけどびっくりしてしまった。 「いいフレーズが出てこないとき、しっくりとくるメロディーがはまらないとき、曲に納得いかない注文つけられたときもそうだし、周りはいいって言ってくれるけど俺には違うって思えるときとか、言い出したらキリがない」 「なんとなく、那月さんって悩まない人なのかと思ってました。気分転換の都内旅行いいですね。僕も今度やってみようかな」 「なんかさらっと失礼なこと言われたけど今後のことを思って許してやる」 「あの、すみません、それはそれで恐いです」  明日は我が身、というのはこういうときに使う言葉ではないとわかっていても頭の中をよぎる。  そうだった。今のこの時間はあくまで本来の目的への予備期間なのであって、なにも解決されていないのだった。  そもそもこの旅行だって意味がわからないし、なんで連れてこられたかの説明が未だになされていない。 「さて、荷物置いたら行くぞ」 「どこへ?」 「だから、遊びに」 「その言い方すごくすごく不安なんですけど」 「と、その前に」  具体的な名称がないことにものすごく不安を覚えているのだけど、那月さんには伝わらないらしい。  軽そうな荷物をその場に置いて、どっかりと座椅子に腰を下ろす那月さんはどこに行っても自分の家みたいなくつろぎ方だ。 「呼び名変えるか。あと敬語」  お前も座れと手振りで指示され、座るついでにお茶を淹れてみる。  やっぱりこういうところでは少しのんびりしたい。けど、どうやら那月さんといる限りドキドキは常に隣り合わせのようだ。 「お忍び旅行なんだから気づかれたらまずいだろ」 「そんなものですか」 「なんでお前目立つ自覚ないの?」  確かに僕と那月さんが一緒にいるのは接点がなくて変だと思うし、見られていいかと言われればダメなんだろうけど。  じゃあなんでわざわざこんなところに連れてこられたんだろう。 「そうだな……朝陽……太陽と月……よし、ひーくんだな」 「どういう思考でそうなったんですか。ひーくん?」 「あさひのひーくんだ。俺は、そうだな、さっくん、やっくん……うーん、やーちゃんだな」 「だからなんでそういう独特な」 「わかりにくい方がいいだろ。で、目立つから敬語なし」  もっとわかりやすいあだ名が色々あるだろうに、初めてそんな呼び方をされた。  那月さんを、やーちゃんとは。 「やーちゃんにタメ語……」 「そうだぞ、ひーくん。今日の俺らはお友達だからな。ちゃんと呼ばなかったり距離取るような話し方したら、罰として一回につきキス一つってことで」 「えええ」 「色々バラされたくなかったらバレないように」  次から次に難題を持ちかけられて、どんな役作りより頭を悩ましてくれる。  そしてその戸惑いを消化できないまま、那月さんはさっさとお茶を飲みきって立ち上がった。  ミュージシャンってなんとなくインドアなイメージがあったけど、なんともアクティブな人だ。 「そういやお前昼飯食った?」 「一応食べまし……食べたけどお腹減った」 「よし。それならまず、王子様に普段できない体験をさせてあげよう」

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