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第5話
優しい人、なのだろうか。
なんとなく聞いてみたら「フォアグラって食べる前に太らせるの知ってる?」と誤魔化されてしまったからよくわからない。
途中からお土産のキャップを手に入れた那月さんがかぶっていたハットを僕にスライドさせ、微妙に変装の様を変えつつ旅館まで帰る道すがら。
ゆっくりと景色を楽しんで歩くのも、そういえば久しぶりだなとのんびり歩いていたらシャッターの音がしたから振り返る。
「どこで写真撮っても画になるのすげぇな。なんか、お忍びで下町に遊びにきた王子様って感じ」
少し後ろでスマホを構えた那月さんが変な感心の仕方をしていて、ハットを押さえてポーズを取ってみる。こういう撮影なら山ほどしてきた。
「撮られるのが仕事ですから。写真映りが良くないと困ります」
「お、いいね。変な謙遜しないの。でも敬語」
「あ、しまった」
油断するとすぐに出てしまう敬語を笑われて、失敗姿を写すようにカメラの連写音が響く。
「でもまあ俺も撮られるのが仕事なとこあるけど」
「確かにやーちゃんも撮られる人だよね、主に隠れて」
那月さんなら載せてもいいと思っているのか、それほど話題性があるのか。
そういうものを見ない僕でも知ってるくらいにはよくスキャンダル写真を撮られている印象のある那月さん。だから、ある意味それも仕事と言えるのだろうか。いや、そんなものないならない方がいいんだろうけど。
「そこの欄干のとこで止まってこっち向いて」
そう指示され、言われた場所で止まると那月さんがレンズの前に自分のピースの手を映り込ませて写真を撮った。
「手だけ?」
「男の手入ってりゃ彼女と二人で旅行行ったとか疑われないで済むだろ」
「ちゃんと写真撮ったらいいのに」
「俺たちが二人でいたらそれはそれで週刊誌ネタになるだろうが。まずお前の事務所に止められるって」
「あ、確かにマネージャーにやーちゃんには近寄るなって言われました、じゃない、言われたよ」
「だろうな」
その理由は那月さんがアルファだからで、バレたら困るからというものだったけど、そもそも出会いがオメガバレだからどうにもならない。
それでも確かに理由はどうあれ、二人で旅行したなんて知ったら驚かれるだろうし心配されるだろう。もしかしたら女の子と旅行したというよりも胃を痛めるかもしれない。
「友達と来たってことにしとけ。マネさんの心の平穏のためにも」
強引に連れてきたわりにはそういうところを気にする大人な那月さんは、アリバイを作るかのように手入りの写真を何枚も撮った。
友達設定って、なんだか難しい。
その後、頼んでおいた時間ぴったりに合わせて帰ったおかげで温かな夕飯にありつくことができた。
テーブルを埋めるのは海の幸が満載の豪勢な創作会席料理の数々。
なにからなにまで美味しくて、普段はあまり飲まない日本酒をいただくほど大満足の夕食だった。
そのせいでご機嫌になって「酔っちゃうからお酒を避けよう」とか「アジの味」とか言ってしまって、那月さんに目を丸められた後に大層笑われた。
元々トークが苦手で、頭の回転を速くして言葉をすぐに出せるようにと練習のために考えていたダジャレがいまだに癖になっていて、油断すると出てしまうんだ。
社長や真雪さんなんかには呆れられて愛想笑いされるだけだけど、那月さんは僕の見た目とダジャレのギャップがツボに入ったらしく、「くっだらねぇー」と言いながら笑ってくれた。いい人だ。
……けれど、ほのぼのしていたのはそこまで。
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