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第5話

「さすがにここまでシチュエーション作れば、王子様でも燃えてくれるかと思ったんだけど当てが外れたな」 「……なんか、すみません」  いや、まったくもって僕が謝ることじゃないんだけど。むしろ僕が秘密を盾に脅されている方なんだけど。  ただ、確かに僕が那月さんの彼女だったら、こんなにわかりやすいシチュエーションはない。  いくら僕みたいに鈍い相手でもここまで作られた状況なら今晩はなにかあると思うだろう。ドキドキもするはずだ。本当に彼女だったら。 「隠してるわけじゃないよな?」 「そんなわけないじゃないですか」 「俺にヤられるのが嫌だからって、こっそり薬飲んでフェロモン抑えてやり過ごすつもりじゃないだろうな」 「……そしたら諦めてくれますか」  それで諦めてくれるならやりますけども。  少しばかり恨みがまし気に那月さんを見つめると、垂れ下がってきた前髪をかき上げ、考える素振りだけを見せた那月さんがニヒルに笑ってみせた。  それだけ見るとまるでCDのジャケットにでもなりそうな決まった姿。 「んなことされたら、とりあえず抑制剤没収するかな」 「それじゃあ仕事できなくなっちゃいます」  水も滴るなんとやらの決め決めな笑顔でとんでもない提案をしてくる那月さん。  オメガから抑制剤を取り上げようだなんて、よくそんなひどいことを思いつくな。 「そうなったらアルファと共演できなくなるどころかキャラ崩壊だな」 「それが困るからこうやって言うこと聞いてるんじゃないですか」  柔らかなお湯は肌触りもなめらか。美肌の効果もあるという温泉は、檜の匂いも相まってとても心地が良い。  だというのに、疲労回復の効能がある温泉に入りながら疲労していたら意味がないじゃないか。  頼みますからこの話は終わらせてくださいと、僕は小指を立てた右手を那月さんへと差し出した。 「なに」 「ちゃんとヒートになったら言うことを聞くって指切り」  そもそもヒート期間のことだって嘘をついたわけじゃない。たまたまずれてしまっただけ。  だからその交換条件はどうかと思っても、逃げることはしませんという約束をここでする。  突き出した小指をまばたきを繰り返しながらしばし見つめ、噴き出すように笑ってから那月さんも指を出してきた。  近づいてきた那月さんにかき分けられたお湯が湯船から溢れ、気持ちを揺らがせるような音を立てる。 「……オッケー。その真面目さを信じましょう。裏切っちゃやーよ、ひーくん?」  そっと膝を抱えて縮こまる僕の小指に小指を絡めて、那月さんは星でも飛びそうなウィンクをしてみせた。  那月さんといるとどうにも小指の責任が重い。

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