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第5話

 その後は比較的穏やかに時が過ぎ、早めに就寝ということになった。というか、そうした。  たくさん歩き回ったことで眠かったのは本当だから、別に悪いことはしていない。  ただ頭に引っかかったままの例のことを口にしなかっただけ。 「先に寝ますね。それじゃあおやすみなさい」 「待て」  そそくさと布団にもぐって寝てしまおうとした目論見は、呆気なく散る。  僕の魂胆を見破るように、那月さんから鋭い声が飛び、それでも聞かなかったふりをしようとしたんだけど。  ぎしりと音がしてベッドが沈み、次の瞬間には覆いかぶさるようにしてついた那月さんの腕の中に閉じ込められてしまった。 「忘れてないだろ? 罰ゲーム」 「……はい」  ずっと引っかかっていた罰ゲームの件。  忘れてくれたらいいと思っていたけれど、どうやら那月さんもしっかり覚えていたらしい。  やーちゃんと呼べなかったり敬語を使うたびキス一回のペナルティ。  覚えていたのに言わなかったのは、それなりにミスをした自覚があるから。 「ん……」  仰向けにされ、顔に手を添え固定されて思わず目を閉じた。暗闇の中で唇が触れる。  ちゅ、ちゅ、と小さく音を立てる触れるだけのキス。それから唇がしっかり合わさるように角度を変えたキスになり、段々とぬめった音が響きだす。 「ん、待って……そんなに、ミスしてない……」 「呼び直した分もだよ」  体を押し返そうとした腕を制してベッドに縫い留められ、数えきれないくらい唇が合わさる。何回ミスしたか、那月さんは数えていたんだろうか。 「ん、ふ……ぅ、ん」  したことのない熱っぽいキスのせいで唇が痺れてるみたいに熱くて、頭がぼーっとしてきた。  どれぐらいそうしていたのか、気づけば普通に息が吸えるようになっていて恐る恐る目を開ける。 「思ったより色っぽい顔するんだな」  濡れた唇が色っぽいのは絶対僕じゃなくて。  うまく合わない視線を那月さんに向けながら、急に冷えた気のする唇を触る。自分のものじゃないような変な感覚。 「……罰ゲーム、終わり?」  声の出し方を忘れてしまったように掠れる自分の声がどこか遠くに聞こえる。 「なんだよ、もっとしてほしいのか?」  意外そうな顔、小さな笑み、囁く声にゆっくりと首を横に振る。 「那月さん、ヒートの時以外興味ないって言ったのに」 「自分でやっといてなんだけど、お前なんか色々心配だな」  それとも那月さんにとってはこんなキスでもお遊びなのだろうか。興味のない相手でも簡単にできるくらい。 「いかにもオメガって見た目じゃなくて良かったなって、ものすごく思うよ」 「どういう意味ですか」  よいしょ、とわざわざ声に出して体を起こす那月さんを目で追って問う。  もし僕がもっとオメガらしい小さくて細くて可愛らしい見た目だったら違う人生を歩んでいたと思う。この見た目だからこそ今があると思っている。  それでもオメガには変わりない僕に対して、これで良かったとはどういうことなのか。 「よく今まで無事でやってきたなって意味」 「那月さんみたいな無節操な人、周りにいないんで」  よくわからないけどバカにされているんだろうなってことは感じたから、睨んでみたけど全然怯んでもらえない。それどころか笑われてしまった。 「ふっ、そんな顔で怒っても迫力ねぇよ。今日は終わり。これ以上したかったら誘うフェロモン出しな」 「僕はしたくないです。おやすみなさい!」  子供にやるみたいにくしゃくしゃと髪を乱してくる那月さんの手を振り払って、今度こそ布団にもぐった。  唇がじんじんしているのがやけに恥ずかしかった。

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