30 / 56
第6話
アニマートと共演してしまった。
そんな興奮が治まらないまま無事今日の撮影を終え、いつもより幾分テンション高めに家に帰ってきて違和感に気づく。
「あれ、いない」
真っ暗な部屋に電気を点けながら、がらんとした空間に自分の声だけが響いたことに首を傾げる。
那月さんの姿がない。
いつもは先に家にいるか僕が帰ってすぐにやってくるのに、話したいことがある日に限っていないなんて。
なぜだかわからず、とりあえず「今日は来るんですか」というメッセージを送ってみるけど、気づかないのか反応がない。
「忙しいのかな……」
荷物を置き、最近の那月さんの定位置と化していたソファーに腰を下ろして画面を見つめる。既読もつかない。
昨日の時点で締め切り間近だと言っていたんだから、作業も大詰めなんだろう。
むしろそんな中で昨日家に来たことの方がおかしいんだから、自分の家で作業しているのが当たり前だ。
だったらのんびり旅行なんて行っている時間がそもそも無茶だったんじゃないか。僕から言い出した話ではないけれど、僕起因ではあったから複雑な心境だ。
……それとも、実はとっくに作業は終わっていて友達と飲みに行っている、とか。
それも那月さんにとって普通のことだろうし、よく考えればその方が自然なんだ。僕の家に毎日来ていることが普通じゃないんだし、僕だって疑問を持っていたじゃないか。
オメガのヒートが目的なんだから、そうじゃなかったら来る用なんてないんだって。
「……飽きた、とか」
いつまでもヒートの来ない僕に愛想をつかしたということだって十分ある。あの人のことだから、なんだかんだいって都合のいいオメガも探せばすぐ見つかるんだろうし。
たまたま僕の弱みを握ったからそういう条件を持ち出しただけで、別に僕じゃなくたって。
「……なんだかこれじゃあ僕の方が那月さんに会いたいみたいじゃないか」
自分で呟いて、その考えが恥ずかしすぎて顔を覆う。いや、そうしようとしたら持っていたスマホを額にぶつけて落としてしまった。それぐらい動揺した。
自分を脅迫している相手に対して、どこまでバカみたいに懐いているんだ僕は。
「なつきさんに、なつきすぎ……なーんちゃって」
呟いた自分にまた恥ずかしくなって、なにも言っていませんと誰にでもなく言い訳をして拾ったスマホをテーブルに置く。
那月さんはきっと誰に対しても同じような態度で、そういう距離感の人ってだけなのに。
友達じゃない。なんでもない。ただ、オメガの秘密とアルファの約束だけで繋がっている間柄。
僕がオメガじゃなかったら、そもそも那月さんが話しかけてくることもなかっただろう。
「一緒に喜んでほしいって、思っちゃったんだけどな」
響生さんと共演して思ったのは、これを那月さんに話したいってこと。
このことを話したら、一緒に喜んでくれるんじゃないかなんて、都合のいいことを考えてしまった。
「……」
自分で遠ざけるように置いたくせに気になるスマホをチラ見して、やっぱりなんの反応もないことを確認する。いや、今ここにいないんだからなにかしらの用事はあるんだろうし、だったらすぐに反応があるわけないってわかっているんだけど。
気を紛らわせるために水を飲もうとキッチンに向かい、冷蔵庫の中を見て思わず座り込んでしまった。
僕の冷蔵庫らしくない、普通のものが詰まった冷蔵庫。那月さんと行ったスーパーで買ったものが詰まっていて、それを見たらよくわからなくなってしまった。
僕、どうやって一人で過ごしていたんだっけ。
たった一週間で、すっかりと那月さんがいることに慣れてしまって、一人の時間の過ごし方がわからなくなってしまった。
そこかしこに自分のものじゃないものがあって、それなのにその持ち主がいない。
自分の部屋なのに、なんでかすごく広く、寂しくなった気がする。
「どうしよう、やーちゃん」
ただ振り回されているだけだと思っていたのに。
一人の夜がこんなに寂しいなんて、今まで僕は知りもしなかった。
ともだちにシェアしよう!