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第7話 忍び寄る獣の夜
「体調はどうですか?」
「いたって元気です」
「それなら良かった」
運転席からかかる真雪さんの声が、いつもより窺うような問いかけだったりほっとしていたりするのは、今日の撮影にも響生さんがいるから。
ゲストとして撮影に参加してくれるのは二日。つまり今日が最後。もちろん緊張感を持って挑むのは全部の撮影に言える。けれど、やっぱりアルファである響生さんがいるところは別の緊張感が生まれるんだ。
「……本当に大丈夫ですか? なんとなく、雰囲気が違う気が」
「ちょっと寝不足なだけです」
結局昨日はなかなか眠ることができなくて、ベッドの上でひたすら寝返りを打っていた。
ただ連絡がないだけでこんなにも影響が出ている自分が情けない。ちょっと那月さんの距離感の取り方が他と違うだけで、秘密を握られている相手になんでこんなに懐いてしまっているのか。
「僕ってちょろいですかねぇ」
「はい?」
車の窓に映る自分の顔をぐにぐにマッサージしていつもの笑顔を作る。
大丈夫。いつも通りやれる。
憧れの先輩に恥ずかしいところを見せないように、いつも通りお仕事しよう。
そんなこんなで今日も無事撮影が終わり、響生さんが最後ともあって軽く飲みに行かないかと誘ってくれた。
普段なら打ち上げなんかの時以外あまり外で飲まないんだけど、明日の撮影は入りの時間が遅かったし響生さんのお誘いということで二つ返事で受けた。
そのこと自体には難色を示さなかった真雪さんだけど、二人きりでという点には眉をひそめて、「一応、気を付けてくださいよ」と忠告をくれた。だから僕はしっかりと頷いて答える。
「大丈夫です。飲みすぎないよう、ちゃんと自制しますから。飲める量はわかってます」
「それもそうなんですけど、そういうことじゃなくて」
「大丈夫ですよ。明日に響く飲み方はしません」
信用を得られないほど酔うような飲み方はしてないつもり。それでも真雪さんは難しい顔を解かない。
とりあえず、タクシーで移動するんで大丈夫です、それじゃあこれでと真雪さんには帰ってもらおうとしたんだけど、袖を掴まれ壁際に寄せられた。
「響生さん、アルファですから」
「わかってますよ?」
こそこそと声を潜める真雪さんに合わせてこちらも声を潜める。そんなの誰だって知っている。そして自分がオメガなこともわかっているけれど、普段は気にすることじゃない。
それに最近那月さんのせいというかおかげでアルファ相手に話すことも慣れた。
だから大丈夫ですと再度念を押して、渋々帰る真雪さんとは別に、僕は響生さんと合流して響生さんおすすめのバーへと場所を移動した。
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