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第7話

 明日もあるからとお酒は控えめにすることをあらかじめ断っておいて、それでも楽しく響生さんとプチ打ち上げ。  連れてきてもらった会員制らしいバーは、ムードのある薄暗さでまるで映画かなにかのセットみたいなオシャレなところだった。  そこでグラスを傾ける響生さんは本当にかっこいい大人の男という感じで、興奮してあれこれと喋ってしまった。どれだけアニマートが好きか、そのアイドルらしさを尊敬しているか。  響生さんは相づちを挟みながらも僕が喋るのを微笑みながら聞いてくれて、その大人の余裕に痺れそうだ。那月さんにもこれくらい大人の余裕を持ってもらいたいくらい。 「それで、響生さんの目線に色気を乗せる演技、本当に見習いたいなって」 「恋をすれば自然と色気は出るよ?」  カウンターに頬杖をつき、小さく微笑む響生さんの視線は照れるくらい色っぽい。 「あれでしょ。朝陽くん、仕事に恋してるタイプでしょ? うちのリーダーと同じ」 「和音さんと一緒だなんて恐れ多いですよ。あの方は本当にアイドル中のアイドルなので。でも仕事は好きです。ずっとしていたいくらい」 「和音も言うけど、信じられないなーそれ。適度に休みは欲しいし遊びも大事だよ」  グラスを回してカラカラと氷を鳴らす響生さんの言葉に、誰かさんの言葉が重なって思わず笑ってしまう。 「な……あ、と、友達もそうやって言ってました。遊びなしの人生はありえないって」 「その友達はわかってるねぇ。休みのために仕事するくらいでいいんだよ」  危うく那月さんの名前を出しそうになって「友達」なんて嘘をついてしまった。でもまあ一応「やーちゃん」は友達だし、響生さんが笑ってくれたからいいか。 「でも律さんもそんな感じじゃないですか? 仕事に対してストイックというか」 「律はあれだよ。食う、寝る、踊るだけで生きてるから。あれはクールじゃないからね。表情筋まで意識がいってないだけ」  自分の頬を引っ張って苦い顔して見せる響生さんに、こちらは頬が緩んでしまった。それはメンバーだからこそ叩ける軽口だろう。  なによりそんな風に本人からアニマートの話が聞けるなんてこんなに幸せなことはない。 「朝陽くん、誰が一番タイプ? 優等生は不良に憧れるパターンとかじゃない?」 「僕は全員好きです」 「うーん、優等生だなぁ」  紛れもない本心だけど気を遣ったように思われたらしく、響生さんはくいっとグラスを呷った。僕が飲まない分、響生さんは飲んでいるからもう一度お代わりをするのかと思ったけど、カランと置かれたグラスはそのままで。 「ねえ朝陽くん。この後、家で飲み直さない?」 「響生さんのお家ですか?」 「そ」  顔を覗き込むようにして聞かれて首を傾げる。  興奮して話してしまったからそれなりに時間が経っているけれどまだお店が閉まる時間ではない。もっと落ち着いた場所で話したいということだろうか。 「すごく行きたいですけど、明日もまだ撮影あるんで飲みすぎちゃうと困りますし」 「だいじょーぶ。酔っ払ったら俺が優しく介抱するよ」  今はまだ全然飲んでいないしもう少し飲んでも酔わないとは思うけど。  響生さんの家なんて行ったらそれこそ緊張とドキドキで酔いそうだ。お酒だって、飲める線を間違えて迷惑をかけてしまうかもしれない。もし二日酔いにでもなって撮影に支障が出ても困る。 「もっと朝陽くんのこと知りたいしさ」  でも、そう言っていただけるのは嬉しいし、まだアニマートについて語り足りない。  ……せっかくのお誘いだし、ほんのちょっとならいいだろうか。 「ずっと、可愛いなって思ってたんだよね。朝陽くんも、俺のこといいなって思ってくれてたんでしょ? じゃあお互いのこともっと知ろうよ。深く、楽しく、さ」  少しなら、と答えようとしたタイミングで、響生さんの手が僕の腿に乗せられた。  その瞬間、違和感に気づく。なにか齟齬がある気がする。 「それってどういう……」 「色気ってさ、気持ちいいこといっぱい知ったら自然と出てくるもんなんだよ。だから、俺が教えてあげる」  置かれた手が撫で上げるように滑る。そこで自分の勘違いに気づいた。 「朝陽くんもさ、家来たいってことはその気なんでしょ? 正直、さっきから言外に誘われてる気がするんだよね」 「いや、あの」 「ほら、アルファ同士、アイドル同士、面倒な話は抜きにして楽しい夜を過ごそうよ。俺、巧いと思うけど?」  近づいた顔と吹き込まれた囁き声にぞわりと背筋が粟立った。 「あ、明日朝早いんで失礼します!」  次の瞬間僕はその体を押しのけるようにして席を立ち店を飛び出していた。  嘘をついてごめんなさい、と心の中で謝ったけれど、振り返る余裕はなかった。

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