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第7話
そう思って帰ってきた我が家で、僕は予想外のものを見る。
「那月さん……?」
家の中で待ち構えていたのは那月さん。
テーブルの上にはたくさんのお酒の缶と、お菓子やおつまみが並んでいる。それらがまだ入っていると思われるコンビニの袋ももう一つ。
近所のコンビニの袋だ。もしかして、これ全部買ってきてくれたのだろうか。
僕が、酔いたいと言ったから。
「ん」
あまりの光景に呆然と立ち尽くす僕に、那月さんはビールの缶を突き出してきた。
そのまま軽く振るものだから、反射的に駆け寄って受け取ってしまった。冷たい。
「で、なにがあった」
特別優しいわけでもないいつもと変わらない声色の問いは、僕をその場にへたり込ませるには十分だった。
「アニマートの響生に誘われた?」
「……たぶん」
並んでソファーに寄りかかり、那月さんの持って来てくれた缶ビールをちびちび呷りながらの説明タイム。
多少のアルコールは入っているし、今までなかった経験に混乱しているけれど、那月さんが根気よく話を聞いてくれたおかげでなんとか伝わったらしい。
まだよくわかっていないけれど、自意識過剰な反応じゃなければたぶんそういうことになるのだろう。
「オメガってことがバレたのか?」
「違う、と思います。アルファ同士って言ってたし」
それを知っていたらもう少し違う言い方をしていたんじゃないだろうか。なんというか、もっと軽い感じだった気がする。それこそ、そこにいたのがたまたま僕だったから、というような。
……と、そこまで考えて自分の考えたことを否定するように首を振る。なにを失礼な想像をしているのか。
「憧れの相手だろ。せっかくだから寝れば良かったのに」
「僕の憧れはそういうことじゃないんです」
ピーナッツを口の中に放り込みながらもったいないと肩をすくめる那月さんを、茶化さないでくださいと軽く睨む。
オメガだとバレていなければいいとでも言うのだろうか。そんなことじゃないのに、せっかくだからなんて言ってほしくない。
そんな風にむくれる僕の言い分を、実はわかっていたらしい。子供にやるみたいに髪をくしゃくしゃかき混ぜてから、那月さんは「悪かったって」と僕を叩く。
「憧れのアイドルが夜のお誘いをかけてきたことに幻滅したわけだ」
「幻滅っていうかショックっていうか……そんなイメージ持ってなかったので」
「いや、わりとそういうイメージだったけどな、響生って。俺ほどじゃないけど噂絶えないし」
「そうなんですか?」
「憧れに眩んで見えなかったわけね」
そりゃ歌もダンスもセクシーでモテるだろうっていうのは十分わかってる。でも実際の話は知らない。
「僕にとってアニマートは憧れの完璧アイドルで、なんていうか別世界の人って感じで」
「純粋無垢な女子中学生かよ。他の二人はまだしも、わりと女性問題多かっただろアニマートの響生って」
意地悪を言ってるわけではなく、どうやら本当の話らしい。もちろん那月さんと同じように名前を使われている可能性の方が大きいとは思うけど、驚きの展開ではないようだ。
そのことにまたへこむ。人のいい面を見つけることは大事だけど、あまりにもなにも知らないで理想が崩れたとへこむ自分が情けない。
ただ、そうはわかっても簡単には割り切れないのが悩ましい。
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