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第9話

 堅苦しくないフレンチは目にも鮮やかでとても美味しくて、ペアリングされたワインのおかげで会話もよく弾んだ。  その間いかに僕がアニマートを尊敬しているか、どれだけそのパフォーマンスが好きで影響されているかを伝えた。  響生さんも最初は控えめだったけれど食が進むにつれていつもの調子が戻ってきて、軽快に交わされるトークはテレビや舞台上で見るアニマートそのままでドキドキしてしまった。律さんが相づちオンリーで食べるのに専念しているあたりもテレビのままだ。  今まで何度か会う機会はあっても、こうやってちゃんと話すことができていなかったから、こういう機会をいただけたことに感謝しかない。  デザートのチョコレートムースが運ばれてくる頃には、和音さんとも普通に話せるようになってきた。まだ、このムースのように気持ちも体もふわふわしたままだけど。 「あーあのお菓子昔っから好きなんだよね。でも最近売ってなくなっちゃって。似たのならコンビニにあるんだけど、違うんだよ」 「わかりますわかります」 「昔ながらの駄菓子屋さんとかになら売ってるんだろうけどなかなかねぇ」 「あ、そうだ。そうでした。僕この前ちょうど見ましたよ。和音さんが言ってたやつだ! と思っていっぱい買って、買いすぎだって怒られ……あ」  その瞬間、驚くほど鮮やかな光景が溢れ出して、手の甲にぽたぽたと零れてきた。全然泣くつもりなんかなかったのに、後から後から涙が溢れ出してきて止まらない。  なんでこんなタイミングで、那月さんと遊んだことを思い出しちゃったんだろう。  なんでその思い出が、こんなにも鮮やかで胸を締め付けるんだろう。 「どうしたの!? なんか悪いこと言っちゃった?」 「いえ、そうじゃなくて。和音さんが悪いんじゃないんです。ごめんなさい」  こんなに幸せで憧れの人を目の前にした楽しい時間に、あの一日のことを不意に思い出してこんなに涙が出るなんて。 「なんかあった?」  謝りながら涙を拭うけれど全然止まってくれない。むしろそのたび那月さんの顔が浮かんできて胸が苦しい。 「どうしたの? 恋愛相談なら乗るよ?」 「うわ、出たよ和音のコイバナ好き。自分が恋愛しないからって人のとこに首突っ込むなよ」 「……恋愛とは違うと思うんですけど」  恋愛って、それこそもっとキラキラしたものだと思う。もっと相手のことを思って胸がきゅんとしたり、楽しい気分になったり。  だけど僕は那月さんのことを思うと気分が落ち込むし胸が苦しくなる。濃密すぎる時間を過ごしたからこそ、今が空っぽみたいな気持ちになるんだ。 「その人と最初に会った時、すごく印象悪くて、というか嫌なことがあって、できるだけ早く縁が切れるようにって思ってたんですけど」 「ですけど?」 「なんか、一緒の時間過ごしたり、他の人とは違う距離感で話してるうちにそんなに悪い人じゃないのかもって思い始めて。……気づいたら、いっつもその人のことばっかり考えるようになってて」 「……普通にいったら、それこそ真っ当な恋なんだけど」 「でもそれって、アイドルとしてはどうかなって思って。だっていつもファンの子とかスタッフさんのこととか、そういう人のことを考えていた場所が全部その人で埋まっちゃうみたいで、それってたぶん違うと思うんです」  仕事に響いてしまうなんて、絶対良くない。みんなを好きで、それが当たり前で、ずっとそれが正解だと思ってた。  だけどそこに那月さんが割り込んできて、めちゃくちゃにされてしまった。  興味ないと言って近づいてきたり、優しくしてくれたのかと思ったらあっさり離れて行ったり。  あんなに色々したくせにあっという間に彼女を作っていなくなってしまうんだから、そんなの簡単に忘れられるわけない。

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