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第9話

「……俺、将来プロバスケ選手になりたかったんだけどさ」  どうしたらいいのか。僕はなんと言ってほしいのか。  なにもわからないまま黙っていると、ぽつりと呟くような声が聞こえた。 「おっと、どうした律?」  驚く二人の視線を追えば、その声の主は今まで黙々と食事をしていた律さん。  突然の発言に、和音さんも響生さんも律さんのことをじっと見ている。 「ずっとバスケのことしか考えてなくて、中一の時にスタメンで出た最初の試合で、事故っていうかまあうん、事故でいいや。それで怪我して目と足やっちゃって」  律さんが昔バスケ部だったことや、足を怪我したことは知識として知っている。  ただ詳しい話はこれまで聞いたことがなかったから、どうしてこのタイミングでそれを語ってくれるのかはわからない。 「手術ってなった後になんかみんなにすごく気遣われて、普通にバスケできなくなってそのまんまやめてさ。そしたら本当になんにもなくなってどうしようってなったんだけど」  静かで穏やかな声が一瞬やんで、その視線が隣の二人に移る。 「その時にこの二人が、その空いた時間の分、また好きなことを探す時間が増えたじゃんって。正直この変な二人が俺に興味持ってくれなかったら、俺もちゃんとダンスやろうって思わなかったし、新しいこと始める勇気を持てなかったと思う」 「変な二人はどうかと思う」 「どれかっていうとお前が一番変だぞ」  真面目な顔で放たれた言葉をちゃんと聞き取ってすかさずつっこみを入れる二人に笑いを洩らす。こういうさり気ないチームワークが好きなんだよな。 「だから、誰かに興味持つって、自分の世界が大きく広がるってことだと俺は思うんだよね」  淡々とした喋りながら辿り着いた言葉に、なにか一つ目が覚めた気がしてまばたきをする。 「その人の目を通してまた他のことに興味を持って、どんどん新しい世界が見えていくのって、悪いことだろうか」  ほんの少し首を傾げて、本当に不思議そうな顔をされたからまた一つまばたきをする。  その人を通して新しい世界を見る。その表現は、はっとするほど那月さんのことのようで。 「律がここまで語るの珍しいね」 「俺たちの打ち合わせの時にそれくらい喋ってくれたらなぁ」  和音さんは素直に驚いているし、響生さんはニヤニヤしながら面白そうに律さんを見ている。  簡単なような、それでいてすごく難しいような、その言葉の意味はたぶんちゃんと受け取れたと思う。  それを胸に、じんわりと噛みしめていると和音さんの視線がこちらを向いた。 「新しくなにか始めた時って、誰だっていっぱいいっぱいで余裕なくなるかもしれないけど、それって必ずしも悪いことじゃないよね」 「ていうかそう思ってるっていうのをそのまんま本人に言ってやればいいんじゃないかなーと思うわけですよ、俺なんかは」 「そうそう。一人で考えつかないことでも二人分の頭があれば違うことが思いつくかもしれないし」 「てことは三人分の俺らは無敵ってこと?」 「響生が三までしか数えられないならそうだね」  ちゃんとオチまでつけて和ませてくれる三人というか二人はさすがで、だけどしっかりアドバイスをもらって深く頷く。  僕が泣いてしまったから、重くなりすぎないように気を遣ってくれたんだろう。 「でも、もう話は終わってて……」 「終わってる?」  どれだけいいアドバイスをもらったとしても、元からなにかが始まる話じゃなかったんだ。僕が距離感を間違えて、勝手に懐いて勝手に親しくなったと思ってしまっただけ。  もう一度涙を拭って、謝って終わりにしようと思ったその瞬間、メッセージが届く音がした。静かになったタイミングだったからその音がやけに響いてしまってうろたえる。

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