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第9話
「あ、すみません。切るの忘れてた」
「どうぞ。大事な連絡だったら困るから」
そう言われて、迷ったけれど断ってスマホに目をやった。
確かになにかの変更の連絡だったら困る。
「わあ……」
その途端目に飛び込んできた名前に思わず声が洩れてしまった。
画面に表示されていたのは一言。
『今どこにいる?』
それは那月さんからのメッセージ。
一週間ぶりなのに、唐突で簡潔な言葉があまりにらしくて頬が緩んだ。
「……ぶしつけで悪いけど、それって朝陽くんの大事な人からの連絡?」
「めちゃくちゃわかりやすく顔に出てる」
「俺でもわかった」
その瞬間を見られたらしく、三人からつっこみの声が飛んで、緩んだ頬を誤魔化すように揉みながら手早くメッセージを打つ。
『今、アニマートの三人とご飯食べてます』
『どこで?』
打ち終わって送信したとほぼ同時に返信があって、慌てながらホテルの名前を送る。
『やっぱ俺ら相性いいわ』
すると一拍置いた後そんな返信が来て首を傾げた。
相性いいとは。ちょうど那月さんもご飯タイムだったということだろうか。
「なんだって?」
「ええと、ちょっとよくわからなくて」
一体なんの連絡なのかわからず、それをどう説明したものかもわからないままスマホを持って固まっていた時だった。
「失礼します」
なぜか聞き慣れた声が聞こえ、振り向けばそこには那月さんの姿があった。
「え、な、那月さん?! え、あれ、なんで」
どうして那月さんがここにいるのか。
確かに居場所は伝えたけれど、それにしても早すぎる。
「大事な用があるので、こいつ借りていってもいいですか」
しかも大股で中に入ってきた那月さんは、僕の腕を取って半ば強引に立たせた。一応アニマートの三人に断っているようだけれど、その口調は有無を言わせない。
それに対して三人はと言えば。
「……俺今めちゃくちゃびっくりしてるんだけど」
「さすがの俺も予想外の相手。ていうか、え、じゃあ俺で良くない? ……いって! 冗談だろ!?」
「ここでその冗談は冗談になっていない」
三者三様の驚き顔は、今の流れで現れたのが那月さんだからだろう。
そりゃそうだ。僕と那月さんにはどう見ても接点なんてないのだから。それなのにこんな風に登場して僕を連れて行こうというのだから、開いた口が塞がらない状態でもおかしくない。
正直、僕もとても驚いているし、驚きすぎてなにも反応ができない。
「あの」
「いいよ、行って行って。俺たちはもうちょっとゆっくりしてくから」
どうしたものかと戸惑う僕の背中を押すように、我に返った和音さんがひらひらと手を振ってくれる。
それから思い出したようにウィンクをして。
「できれば後で話してくれると嬉しいな。他言無用にするからさ」
じゃあね、と三人に手を振られて、頭を下げてその場所を辞した。
一応那月さんも頭を下げていたけれど、ほとんど飛び出すようにして部屋を出て、そのままレストランも抜けて。
「あ、あの、那月さん? どうしてここに」
エレベーター前に来てやっと最初の問いに戻る。ただ那月さんが答えてくれたのはやってきたエレベーターに乗ってから。
「すごく嫌な勘違いをされている気がしたからそこんとこ話そうと思って」
「……上ですか?」
てっきりホテルから出るものだと思ったのに、押したのは上の階へ行くボタン。上には客室しかないはず。
「都内旅行中なんで」
その答えはやっぱり簡潔で、自分の中で考えを巡らせる。
那月さんに旅行に連れて行ってもらった時、普段は都内でいいホテルに泊まって旅行した気分になるのだと言っていた。そして今がその都内旅行中ということはつまり。
「まさか相性いいって」
「ここに呼びだそうと思ったらちょうど下のレストランにいるって言うから、そんなもん強奪しに行くしかないだろ」
どうやら偶然同じホテルに居合わせたらしい。
僕がここに来たのはアニマートの三人に会うためで、当然この場所が選ばれたのは偶然。そして那月さんもまたそれを知っているはずがなく、しかもこのタイミングじゃなかったら会えなかったわけで。
確かに、相性いいのかも。
「俺んちもお前んちも張られてるだろうから、逢引するにはちょうど良かったなと」
降り立ったのは落ち着いてシンとした廊下。那月さんについて歩きながら、引っかかることを聞く。
「なんで家が張られてるんです?」
「……やっぱ気づいてなかったわけね。今説明してやるからとりあえず入れ」
呆れたようにため息をついた那月さんは、重厚そうなドアを開けて中に僕を通した。
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