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第10話
「でも、那月さんもう僕に用ないんじゃ……」
「自業自得だけど、王子様の変な鈍さを忘れてたわ。結構距離詰めたと思ってたんだけどなぁ」
那月さんが用があったのはヒート中のオメガだったんじゃないだろうか。
ヒートが終わった今、ただの僕に那月さんが興味を持つか。そこのところがよくわからない。
「わかった。全部話すから心して聞け」
そんな僕の前で、那月さんは大きく息を吸い込んで意を決したように声を張った。それに合わせてこちらも居住まいを正す。
「まずお前を意識しだしたのは、ドラマの曲依頼を受けてから」
「え? そんなタイミングですか?」
「正直なんで俺がアイドルのドラマの曲作るんだよって思ったけど、頼み込まれて受けた。それで、作るならちゃんとドラマと主演のことを知ろうと思ってお前の出てる色んなものを見たり周りに聞いりしたわけ。そしたらそのうち、最初はうさんくさい王子様キャラだと思ってたお前にマジで裏表ないんだってわかって。気づいたらそのキラキラっぷりに魅了されてた」
「やっぱりうさんくさいと思ってたんですか」
改めて告げられた僕の印象に、なんだか懐かしくなって笑ってしまう。最初にも言われたな。うさんくさいって。
僕の理想のアイドル像は、那月さんにとって相当うさんくさいものらしい。和音さんくらい完璧だったら僕もそう思われないのだろうか。
「そりゃそうだろ。いっつもにこにこ楽しそうで言うこと優等生で、ある程度なんでもできてかっこよくて綺麗でなんておとぎ話じゃないんだから」
「そうあろうと努力してます」
「それがまたずるいんだよ。綺麗な顔で生まれてきたら汚い心を持てよ。楽して生きろよ」
「どんな偏見ですか」
誰もが裏表があってほしいような言い方しているけれど、那月さんだって裏表なんかないように思う。
そりゃあ近寄りがたい雰囲気と正反対の距離感の詰め方をしてくる人だけど、それは裏とかの話じゃないし。
「とにかく。気になってたけどなかなか話すチャンスがなくて、やっと巡ってきたのがあの日の撮影。バッグを間違えたふりしてきっかけを作ろうと思ったら、まさかのオメガだって知って」
「え、わざと間違えたんですか?」
「たまたま同じようなリュックだったからいけるかなと」
色は同じでも、当然よく見れば形は違うし中に入っているものも違う。僕はたまたまよく見ないで持って帰った上に車の中でも寝てしまって家に着くまで触らなかったけど、普通だったらスタジオから出た時点で気づく。
言われればそうだ。でも、普通に間違ったんだと思ってた。
「で、きっかけは作ったはいいけど、色々見てたらお前って誰に対してもフラットで、特別っていう人間いなさそうだったから、どうしたら一発で強い印象与えられるかなって考えついたのが」
「脅迫?」
「アルファとオメガの関係ならそれが一番だろって思った」
ワインを自分で注いでもう一杯。那月さんはがぶがぶとそれを飲んで大きく息を吐いた。
あんな条件を持ち出されて、なんて人だとは思ったけれど言う通り印象には残った。だからある意味作戦は成功していたんだと思う。
普段オメガとして扱われない僕だから、アルファとして、オメガとしてという関係はほとんど経験したことがなかった。だからこそ半ば強制的にその立場に置かれて、アルファの那月さんを意識しないわけにいかなかったんだ。
「でも思った以上というか思った通りに怯えられてたから、普段の朝陽に興味ないって嘘ついた。どうせヒートになったら関係なくなるし、体の関係持っちゃえばこっちのもんだと」
「……嘘?」
一番気になっていたところを堂々と嘘宣言されて、引っかかりをそのまま口にする。
那月さんがそう言ったから、ヒートが終わった僕は用なしなんだと思っていた。
でもそれが嘘なのだとすると……どういうこと?
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