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第11話

「あー、今度の曲も良かったんだよ。なんだっけ? タイトル」 「……『東の空』ですけど」  デスクに寝そべるように唸る社長の視線はまたもや那月さんに突き刺さり、なんとも警戒するように那月さんが答える。  僕のドラマの主題歌が那月さんになるという話は聞いたけど、そういえばちゃんと曲を聞いたことがなかった。さすがの社長はもう聞いたみたいだけど、褒められているのに那月さんはなにをそんなに警戒してるんだろう。 「なんでも締め切り前に突然変えたんだっけ? もう提出してあったはずの曲を突然変えたいとか言って持ってきたのがそれで? ドラマの内容にも合ってるし、普通ならバレないだろうけど、ねぇ?」  なぜかひどく楽しそうに問いを重ねる社長は、口元をにやにやと歪めて那月さんを見る。対して那月さんはどんどん苦い顔になっていき、追い込まれているようだ。  そんな二人を観察していたら、社長が突然こちらを向いて人差し指を立てて見せた。 「さて、ここでクイズです。東の空から昇ってくるものは?」 「…………あさひ?」 「ふっふっふ、さて那月くん、正解は?」 「……なんでそこまで知ってるんですか」  どうも社長は思っている以上に色々とお見通しらしい。那月さんの低まった声を聞けばそれが正解なんだと僕でもわかった。  思い返せば旅行から帰ってきた日に、締め切りギリギリだからと家で作業していたのがそれだったのかもしれない。それは僕を題材にした曲だったから、あえて家で作っていたということなのか?  それって、もしかしなくてもなんだかすごい話じゃないんだろうか。あの時、どんなことを思って作ってくれたんだろう。早く聴きたいし聞きたい。 「で、朝陽はどうなのかな。色々リスクを背負うけど、本気?」 「本気です。那月さんが好きなんです」  事情を聴くと言ったわりには、その問いは簡単すぎて即答できた。  自分で口にするたびその想いが強くなる。「好き」というものは思い込みだと言うけれど、むしろ思い込むことでより好きな気持ちがはっきりと強まる気がする。 「それに、僕にはメリットしかありません」 「……ま、自分のスキャンダルに朝陽を巻き込まなかったのは偉いよね。この後はどうなるかわからないけど。まあその時には責任取って番になってもらえばいいか」  口調だけはすべて一律で軽い。年齢不詳の若い顔で、明るく軽口を叩くように言う社長のそれは、けれどすべて本気で思っていることなのだということを知っている。  僕が裏表がないと言うのなら、この人は裏を裏と言った上で表に見せる人だ。 「じゃあ結論言っとこうか」  だからこそその決断は絶対で重い。それを受け取るために深く息を吸い込んで。 「事務所としては君たちの仲は認めません。以上」  吸いきる前に答えが投げつけられた。  両手で大きくばってんを作って、にっこりと言い切ってみせる。  有無を言わさぬ笑顔に、見ていないけれどきっと那月さんも僕と同じく唖然としていることだろう。

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