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第11章:日向彰良 〜同じ景色〜

ジングルベル、ジングルベル・・・ 朝からテレビの情報番組では クリスマスソングをBGMに サンタの仮装をした若手アイドルが 巨大クリスマスツリーや イルミネーションスポットを紹介する 特集をしていた。 今日はクリスマスイヴ。 久々に爽太を どこかへ連れていってやろうか・・・。 ここ最近、僕たち親子はスーパーの買い物など以外に 週末は外に出ていなかった。 というのも、 僕自身が、街の幸せそうなクリスマスムードに 馴染めるような気分には どうしてもなれなかった。 あれから3週間経ち、 先生とはたまに家の前などで出会すが、 互いになんとなく気を使いあってしまい 挨拶を交わすだけになっている。 あの時先生は、 「たまには一緒にご飯を・・・」 なんて言ってくれたけど、 もちろん 前のように誘ってくれなくなった。 僕も僕で 食べさせてもらうのが前提なので 自分から誘うことも出来ず。 先生と縁を切りたいわけではなくて 普通に仲良くしたいのだが、 なかなかうまくいかない。 ふとスマホで、 最後のメッセージを確認すると、 爽太が入院する数日前に 先生が作ってくれた クリームパスタのレシピだった。 あのパスタ美味しかったなぁ・・・。 爽太も、すっかり先生と夕飯を食べることが 日常になっていたので、 退院してからの数日は 「今日は先生とご飯食べないの?」 なんて訊いてきたが、 2週間もすると訊かなくなった。 そんなことをダラダラと思い返しながら ちゃんと爽太を楽しませてあげなきゃな、と クリスマスイベントをテレビで見ていると、 手元にあったスマホが バイブレーションと共に鳴った。 爽太は僕の手の中を覗き込むと、 「あ、ばあばだ!」 とスクリーンの文字をみて気づいた。 僕は 「話したい?」 と、スマホを爽太に渡した。 爽太は慣れたように スクリーンをタッチし、 電話に出た。 「もしもし?」 「・・うん。元気だよ。ばあばは?」 「・・・そっか。」 「・・・今?何もしてないよ。」 「・・・オミアイ?」 「ハハオヤコーホ?なあに、それ?」 僕は爽太から出てきた言葉に唖然とし、 サッとスマホをとりあげた。 「母さん!?爽太が変なこと言ってるけど、何?」 「あー、彰良。 あなた今何してるの?」 「いや、別に。 昼ごろから爽太を連れて どこかへ出かけようかと思っていたけれど。」 「あら、そうなの。ならよかったわ。 ほら、例のお嬢さん、 今日会ってくださるって。」 「え?」 「爽太が入院した時に話したでしょう。 お母さんの知り合いの娘さんのこと。」 「いや、聞いたけれど 僕は別に会いたいなんて言っていないし しばらくは爽太と二人でやって行こうと思ってるから。」 「そう言わずに、会うだけ会ってみなさいよ。 爽太は私たちで預かって 近くのモールのクリスマスイベントに連れて行くわ。」 「いや、そんなこといきなり言われても。」 「お母さんもう話つけちゃったのよ。 クリサンセマムホテルのイタリアンを 12時にお父さんと行く予定で予約をとってたんだけど、 お母さんたちはいいから、 あなたがそこで一緒にお食事してきなさい。」 「そんな勝手な・・・」 「先方も乗り気なようなのよ。 ありがたいじゃないの。」 「・・・いや・・・でも」 「もう、あなたって 大人になっても優柔不断なんだから! 12時までそんなに時間ないんだから ぐずぐずしてないで、 スーツに着替えて、 爽太を預けにきなさい。 待ってるからね!」 母はいつもの強引さで 一方的に言うだけ言って切った。 「パパはこれからオミアイに行くの? ばあばが言ってた。」 「うーん・・・かなぁ。 爽太、これからばあばの家に行きたい?」 「うん!」 「・・・そっか。じゃぁ用意しておいて。」 「分かった!」 爽太は自分の部屋のタンスから 服を取り出し、 パジャマから着替えた。 僕は母に言われた通りに、 とりあえずスーツを身につけた。 乗り気では全くないのだが、 母を説得させるほうが 大変そうだと思ってしまった。 スーツに着替えたところで 全く気が進まないまま 玄関のドアをあけると、 エレベーターのある方向から 先生がこちらに向かってくるのが見えた。 その後ろには 以前全裸で先生の家にいた小柄な美青年が着いてきていた。 「あ、日向さん、爽太君、こんにちは。」 先生は 変わらず 爽やかな笑顔で挨拶をする。 「こんにちは」 「これからお出かけですか?」 「うん!僕はじいじばあばのおうち、 パパはオミアイに行くんだって!」 「そ、爽太・・・」 焦る僕の様子を見て、先生は、 「ハハハ、気にしないでさい。 いい方だといいですね。爽太君も、 じいじばあばの家、楽しんできてね。」 と笑顔のままそう言った。 そして 「では。」 と僕たちに別れを告げ そのまま美青年をつれて自分の家に入った。 先生と彼との関係は よく分からないけれど、 先生は彼とこれからセックスするのだろうか? そんな自分でした推測に 落ち込む。 ・・・今までそんな場面 多々あったではないか! 僕と先生が親密になるまでは 何人もの男性と 先生の家の前で遭遇したし 僕の寝室と先生の寝室は 壁を隔てて隣り合わせになっているため、 幾晩も男同士の絡む音が聞こえていた。 なのに、 今更・・・。 なんで。 胸はギュッと握り潰されているような 強い痛みを感じて 息が苦しい。 「パパ、大丈夫?」 エレベーターの中で 爽太は 過呼吸気味になっていた僕の様子を 心配してくれたが、 「大丈夫だよ。」 としか言えなかった。 その後も爽太は 僕を元気付けようと、 電車の中でも 明るく振る舞ってくれていたけれど、 僕は同じテンションにはどうもなれなかった。 車内で、爽太を抱っこしながら窓際に立ち、 流れる景色をボーッと眺めていると、 先生に強く求められたことが 記憶として蘇る。 こんな僕を愛しそうに見つめてくれた あの澄んだ瞳で いつか他の誰かを同じように見つめることは 分かっていたけれど、 実際あんな風に 出くわしてしまうと 寂しくて、辛くて、苦しいものだな。 気づくと景色はぼやけていて 僕は涙を流していた。 「パパ、あの遠く見えるのって富士山かなー。 ねー、パパ・・・?」 爽太は顔を上げて僕の返事を求めると 僕が泣いていることに気づいた。 「パパ。どうしたの?」 爽太は自分の指で 眼鏡の下から僕の涙を拭い 「どこか痛いの?」 と訊いた。 「爽太は優しいね。 心配かけてごめん。 少し痛いけれど、 きっとすぐ治るよ。」 「我慢はダメだよ。」 「そうだね。」 爽太はその後、 何も喋らず 僕と同じ景色をただ眺めていた。 駅について、 そこから徒歩数分の実家の前まで来ると、 爽太は、 「オミアイ楽しいといいね!」 と変わらぬ僕の様子を 慰めるように笑顔で言った。 「うん。」 爽太のためにも頑張るしかないのか。 僕も今引き出せる 最大限の笑顔を返した。 「そういえば オミアイってどこ?」 「そっか。 意味分かってなかったよね。 お見合いっていうのは場所じゃなくて、 爽太に 新しいママになってくれる人がいるかなって 会いにいくことを言うんだ。」 「え・・・。 ・・・だからパパ泣いてたの? 新しいママが欲しくないから。」 「いや、違うよ。そういうわけではないよ。」 「・・・僕は、新しいママなんていらないよ。」 「やっぱり本当のママがいい?」 「ママに会いたい時もあるけど、 今みたいにパパだけでいい。」 拙い言葉だが ストレートな気持ちが伝わってくる。 「でもパパと二人だと寂しくない?」 「だから僕は パパと先生と3人で これからも ご飯食べたり、お出かけしたりしたい。」 「・・・」 「パパは、先生といるとよくおしゃべりするし、 楽しそうだし、 僕もすごく楽しい! クリスマスだって、 パーティーは3人でしようねって ずーっと前に先生と約束してたんだよ。」 爽太はそう言うと 背負っていたカバンの中から いつも黙々と絵を描いている スケッチブックを取り出し 3人が描かれた クリスマスパーティーの絵を見せてくれた。 他のページも パラパラとめくると、 水族館へ行った時の絵や 一緒にご飯を食べている絵がある。 爽太の絵には 必ず先生と その隣で、笑う僕と爽太が描かれていた。 「爽太は先生が好きなんだね。」 「うん、大好き。」 「・・・そうか。」 「パパも好きでしょ?」 「・・・え?」 「パパは先生が好きじゃないの?」 「・・・んーん、パパも先生が好きだよ。」 「僕は先生と ママみたいにもう会えなくなるのは 嫌だよ・・・。」 感情的になった爽太は涙目になっている。 彼の潤った瞳を 見つめていたせいで、 涙腺が緩くなっていた僕は 彼の切ない訴えに また泣いてしまった。 その時、家のドアが開く音がして 母が家から出てきた。 「あら、早かったわね。」 僕は爽太と自分の涙をささっとぬぐい、 爽太を母の元へまで連れていった。 「爽太、夕方までには迎えに来る。 母さん、ごめん。 今日は行けない。 先方に謝っておいて。 あと、悪いけど、 夕方まで爽太を預かってて。」 そう言い、 僕は僕たちのマンションへ急いだ。 「彰良!!!ちょっと待ちなさい!」 そんな呼び止める声が背後から聞こえたが、 少しでも早く 先生の元に行きたくて、 振り返ることはしなかった。

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